巻頭特集

現代社会における芸術の役割

2023.08.10

演劇のスキルは生き方を学ぶこと

なぜ米国で演劇が学校教育で重視されるのか？

　米国では幼稚園、小学校から演劇を授業に取り入れる。演劇のスキルは生きるための基本的なスキルになると捉えられているからだ。ニューヨークでティーチングアーティスト（以下：ＴＡ）として活躍する森永明日夏さんに話を聞いた。

─ＴＡになるには？

基本的に、書類審査、実技オーディションがあります。プロの舞台芸術団体により学校に派遣され、演劇を使った授業をカリキュラムに組み込むことが仕事になります。私がＴＡとして所属するピン・チョン＆カンパニー（ＰＣＣ）や他の団体でも、演劇の学士、修士をもっている人がほとんどです。ＰＣＣでは初年度に2日間のトレーニングがあり、それ以降も現場に入る前にミーティングやトレーニングをします。私の場合は１年目はベテランＴＡと組み、経験を積むごとにアシスタント、ペアで指導など段階的に進みます。またＰＣＣでは、毎年トラウマ・インフォームド・ケアの研修もします。

─トラウマのケア？

トラウマに関する知識や対応を身につけ、普段接している生徒にトラウマがあるかもしれないという視点を持ってアプローチし、支援します。多国籍社会の教室には、人種、家庭環境、昨日船に乗って祖国から避難してきた、軽度の知的障害を持つなど様々な背景を持つ生徒がいます。全ての生徒に役立つにはどうすればよいか、ということを常に意識しています。

教室で教える明日夏さん

─学芸会とは違う？

私がやっているのは、世界的に著名なピン・チョンのドキュメンタリー・シアターを元にしたプログラムです。台本は全て生徒たちの言葉で作られます。「スカフォルディング」といって、一つ一つ積み上げながら、安心して自分を表現でき、リスクを恐れず挑戦できる空間「セーフ＆ブレイブ・プレイス」を丁寧に作っていきます。生徒にたくさん質問し、一緒に創作活動をしていく感じです。

─ 演劇教育のゴールは？

「自分の存在と意見には価値があり大切である」と、子供たちに感じてもらう事です。人前で自信を持って自分の考えを言葉にし、表現する力、自分の想像力を信じてリスクを恐れない力、クラスメートと協力し貢献する力を育む事です。「芸術教育の真の目的は、より多くの芸術家を生み出すことではなく、好奇心をもちながら、他人や自分自身のことや物事について学び、考え、自分の力で判断する思考力をもち、人々の人生を豊かに導く事ができる人間を育てる事」という言葉があります。米国でなぜ芸術が重要視されているか、この言葉に尽くされていると思います。

─プロが現場に入る利点は？

ＴＡは、常に自分の芸術分野に人生を捧げています。自分の芸術分野への深い理解、尊敬、愛情、信念をクラスにもたらします。芸術に正解はないからこそ、より多くの選択肢を与え、想像力、創造の実践を子供たちに伝えます。教えるというより、「生徒に寄り添い、個々のベストを引き出す、生徒と協働作業する」という意識を持ち、そのプロセスに、情熱と生きがいを感じるアーティストがＴＡです。もちろん、先生も大切なチームメンバーなので、授業の前には先生としっかり時間をとり話し合いをします。

─目指したいことは？

俳優、ＴＡとしてさらに経験を積み、私の人生を救ってくれた演劇を通し、一人でも多くの世界中の若者と関わっていきたいです。演劇教育こそ多文化共生、そして最終的には平和に繋がる第一歩だと信じています。