巻頭特集

現代社会における芸術の役割

今、世界情勢が大きく変わるなか、この街の文化芸術のあり方も変化の過渡期にあるのかもしれない。鑑賞して楽しむだけでなく、芸術の「仕事」が、どう私たちの社会と関わっているのか、私の専門の舞台芸術を例にいつもと違う角度で、ちょっとだけ深掘りしてみた。(取材・文/河原その子)


アートの社会的位置って?

アートは産業

2021年の年末、ニューヨーク市中小企業局による、中小企業の事業回復のための助成金「NYC Small Business ResilienceGrant」に個人事業主として申請した。産業分類で「芸術、エンターテインメント、レクリエーション業」と「宿泊、飲食業」を対象にした事業への補助金だった。緊急事態宣言から1年半、ビジネス再開の中、市が最も打撃が大きく支援しなければならない中小企業として「宿泊、飲食業」と並び「芸術家業」が挙がっていたことに私は驚いた。日本で無名のフリーランスの俳優生活を長く経験していたものの思考で、自分のような立場は、対象外と思い込んでいたからだ。そうではないと教えてくれた友人がいなければ、申請要項を読むこともなかっただろう。友人に感謝だ。

申請の際、米国版産業分類番号であるNAICSコードを記入するのだが、フリーランスの舞台演出家がどの分類に属するのか、それまで意識したことはなかった。

産業分類は20種に分かれて、そこからさらに細分化され、最終的に自分の業種番号が割り当てられる。私の場合、最初の20種類のうち「芸術、エンターテインメント、レクリエーション」を選び、次のレベルで「フリーのアーティスト、著述業、パフォーマー」を選ぶと、それが助成金需給の最優先業種の番号になる。

芸術と産業分類  

芸術関連の仕事が農業、鉱業、金融業などと並列して20種の産業の一つとしてリストアップされていることはとても興味深い。産業分類には欧州版、国連版もあり、どちらも米国同様、 「芸術」の文字を最初の大分類に見つけることができる。ところが総務省の日本版産業分類を確認したところ様子が違った。
日本は大分類20種からはじまり、中分類、小分類、細分類まで4段階で産業を分類している。20種の産業分類はほぼ、国連や欧米と共通なのに、「芸術、エンターテインメント、レクリエーション業」の項目が、日本版にだけない。演出家や俳優はもとより、彫刻家、音楽家、ダンサー、ライター、映画監督、デザイナーなど、芸術やエンターテインメントに従事する人がどの産業区分に属しているか分からない。ぱっと見で、フリーランス主体のこれら各分野の「労働者」の産業的な居場所はどこ? 状態に思えた。

調べた結果、舞台演出家は、大分類「学術研究、専門・技術サービス」 となり、中分類は「専門サービス」、 小分類は「著述、芸術家業」、 細分類は「芸術家業」の中に見つけた。他の実演家、美術家、能楽師なども同じカテゴリーだ。フリーランスの舞台俳優は別枠で、大 分類「生活関連サービス、娯楽業」 、中分類は「娯楽」 、小分類は「興行」 、細分類は「劇団」の中に見つけた。生活関連サービス業は理容、美容、浴場業で、演劇の仕事はこれらと同じ産業区分となっている。日本の文化的に、理容・美容、浴場業が、娯楽やレクリエーションとして成立しているからかもしれない。しかし舞台演出家が「学術研究、専門・技術サービス業」産業にカテゴライズされているのは、かなり意外だった。

芸術と社会  

産業分類は、産業構造の国際間の比較や、労務関係で使うデータで、普段の仕生活に何か影響するわけではないようだ。ただ「芸術」が産業として最初の枠組みにリストされていないのは日本だけ。ここに日本と世界の「芸術業」の社会的、経済的役割への期待、職種への解釈の違いが現れているような気がした。

芸術を利用する

子育ての場面でも、米国の学校のアート教育が日本とは少し違うことを感じているかもしれない(5P参照)。これも「アート教育」の社会的な捉えられ方に現れている。これらの「仕事」には創作、鑑賞以上の可能性がある。社会や生活をより向上させるために、私たちはもっ と芸術を普通に利用していいし、そうなるポテンシャルをまだまだ掘り起こすことができるのではと思う。

河原その子

舞台演出家、ニューヨーク在住

ドラマ・リーグ、NYTW、リンカーンセンター演出家ラボなどのフェロー&レジデント経験。フォーダム大学、ボストン大学、モントクレア州立大学などで招待芸術家、非常勤講師を務める。コロンビア大学院舞台演出修士。日本演出者協会会員。NY市非営利劇団CJAアーティスティック・ディレクター。

crossingjamaicaavenue.org

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