準決勝の熱戦&#
世界はなぜ再び対立の時代に入ったのか国際政治学者に聞く
冷戦終結から30年以上が過ぎたいま、世界は再び大国間のパワーポリティクスが前面に出る時代となっている。国際政治学者の細谷雄一氏は、新刊『危機の三十年ー冷戦後秩序はなぜ崩壊したか』(新潮選書)で、それは冷戦後の「危機の30年」の帰結だと論じている。一体、どういうことなのか。細谷氏に最新国際情勢を読み解くについて話を聞いた。
―「危機の 30 年」とはどう いうことでしょうか。
ウクライナ戦争の勃発によって、世界はいま大きな転換点にあります。プーチン大統領がいなければ平和だった、あるいは第二次トランプ政権が成立しなければまた違っていた― そうした見方をよく耳にします。しかし、それではあまりに短期的で視野が狭いと考えます。冷戦後の30年を振り返って初めて、現在にいたる大きな流れが見えてきます。
戦争史研究の大家のローレンス・フリードマンは、ウクライナ戦争は「冷戦後秩序の産物である」と論じました。米国にとって冷戦終結は、フランシス・フクヤマ的な意味での、民主主義と自由主義の勝利を意味しました。冷戦が終わってからの15年、西側諸国では民主主義や自由主義が世界に広がるという楽観論が広がりました。
一方で、プーチン氏の見方はまったく異なります。冷戦終結はソ連帝国の崩壊であり、 20 世紀最大の地政学的悲劇だと捉えました。西側の影響力がソ連内部に浸透し、ゴルバチョフ氏が適切に対処できず、レジームチェンジによって体制が転覆させられたと考えました。このような非難は陰謀論というべきですが、いずれにせよプーチン氏から見れば、自国の勢力圏への拡大は何としても食い止めるべきことなのです。特に2010年代に入り、ウクライナを含む旧ソ連圏に民主主義を広げようとする動きが強まります。それをロシア側は冷戦終結時と同じように捉えました。つまり、西側が影響力を浸透させ、レジームチェンジを図っている試みだと受け止め、同じ過ちを繰り返してはならないと考えました。
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― そしてプーチン氏が懸念していたのは、北米と欧州の集団防衛組織「NATO」の拡大でした。
NATOの拡大は欧米から見れば、リベラルな価値の広がりを意味します。その根底にあるのは民族自決の原則です。各国が自らの論理と意思でNATO加盟を希求するならば、それを尊重するという考えです。東欧諸国やウクライナが加盟を望むなら、それを認めるのが当然だと認識すべきです。しかし私は本書で、こうしたNATOの論理には「西側の驕り」があったと書きました。ロシアは、それをパワーポリティクスの論理で見ており、自らの勢力圏が侵食されているという認識だったのです。とはいえ、 19 世紀の帝国主義の時代のように、「小国は大国に従うべきだ」というロシアの論理をそのまま受け入れるべきではありません。それではこの100年間の歴史を逆行させることになってしまいます。
NATOの拡大とロシアの安全保障認識のあいだに、どこかで均衡点を見いだすべきだったのです。実際、ロシアはポーランド、ハンガリー、チェコの東欧三カ国のNATO加盟については、強く反対しませんでした。 97 年にはNATOとロシアのあいだでNATO東方拡大の基本合意が結ばれ、 99 年に加盟が実現します。一定の意思疎通と共通理解がある上で進められました。なぜかといえば、これらの国々は歴史的にロシア帝国の勢力圏ではなかったからです。チェコやハンガリーはハプスブルク帝国の圏内でしたし、ポーランドも一部がロシア帝国に組み込まれた時期があったのみでした。一方で、ジョージアやウクライナは、ロシア帝国の心臓部と見なされてきた地域です。西側から見れば、どの国の加盟も民族自決の原則に基づく論理に映りますが、ロシアからすれば、特にウクライナについては明確な違いがありました。だからこそ、ウクライナの加盟問題については、ロシアのパワーポリティクスの論理とどう折り合いをつけるか、模索する努力が必要でした。
―今後国際社会はどのようにあるべきでしょうか。
本書のメッセージの一つは、ユートピア主義とリアリズムの均衡点を模索することです。この30年間は時間が進むにつれ、その二つの考え方が次第に乖離しました。背景には、第二次世界大戦後の秩序を形づくってきた米国、中国、ロシアといった大国のダブルスタンダードがありました。ある理念を掲げながら状況によってリアリズムを使い分ける。その積み重ねによって、ユートピア的な世界観とリアリズム的な世界観が乖離したのです。
この二つの論理を適切に理解し、その世界観を橋渡しする努力が必要です。しかしいまの世界は「危機の30年」を経て、パワーポリティクスが前面に出るリアリズムの時代に入っています。その論理を理解した上で、ユートピア主義やリベラルな規範をいかに回復していくか。そうした両立こそが、今後の世界秩序を考える上で重要な鍵になると考えています。




