レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Harry and Tonto(邦題:ハリーとトント)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


大切な友人が癌との闘病の末、旅立っていった。郷土名古屋の先輩でもあり、僕をヨガの道に導いてくれた素晴らしい女性でした。多くの人を明るく健康にしておいて自分が先に逝ってしまうなんて…。そんな彼女との思い出に浸っていた夜、今回紹介する映画の印象的なひと場面を思い出しました。

人生も終わりに近づいた72歳のニューヨーカー、ハリーは立体駐車場ビルの建設のため取り壊される長年住み慣れたアッパーウエストサイドのアパートからの立ち退きに必死に抵抗するが、ついに強制的に追い出されてしまう。近所に住む古くからの友人も先立ってしまい、ガラス越しの友人の遺体に向かってハリーは思い出を語り続ける。

アップステートの長男の家に移るが、家族とどうも折りが合わないハリーは愛猫のトントを連れてシカゴに住む娘の元へといく決心をする。しかし飛行機では動物の搭乗を拒否され、替わりに乗った長距離バスでもおしっこをするトントは運転手に嫌がられてハリーとトントは何もない片田舎にポツンと置いてきぼりを食ってしまう。仕方なく超オンボロの中古車を買ってとにかく旅を続ける二人は行く先々で現代米国社会に取り残されたユニークな人間たちと出会う。

16歳で家出をしたヒッピーの娘、ジンジャー、口の上手い旅のセールスマン、ラスベガスに向かう途中の売春婦。いざこざに巻き込まれてぶち込まれた留置場では優しいネイティブ・アメリカンのチーフと一夜を明かす。そしてかつての恋人に会いに老人ホームに訪れるが、認知症の彼女の記憶は遠くに過ぎ去ってしまっていた。ようやくシカゴにたどり着くが、娘との関係は複雑にぶつかり合う。しかしぎこちなくも親子は少しずつ愛情と尊敬を確かめあい始める。そんな人間たちの必死のもがきを高くから見下ろしてマイペースで生き続けるトント。無口な孫息子をニューヨークに連れて帰る途中、孫はヒッピーのジンジャーと意気投合してコロラドのコミューンに行くと言い出し、ハリーは若い二人を送り出す。そして二人の旅はさらに続いていく。

価値観が変わってしまった世界で自分の在り方や生き方を探し求めていた時代の米国社会をシビアに温かくコメディーで描き続けたマザースキー監督の映画の中でも僕の一番好きな作品だ。主演のアート・カーニーは素晴らしい演技でこの年のアカデミー賞主演男優賞を受賞した。

 

 

人生は短い

僕も猫が好きで軽度の猫アレルギーであるにも関わらず、今も猫のナナと暮らしている。その前には姉妹のメス猫と住んでいた。家の中で一番フカフカで日当たりのいい椅子で日がな一日気持ちよさそうに昼寝をする娘猫たちを愛でるのが好きなのだ。10歳で肺がんにかかってしまったピエロの時は辛かった。診断から亡くなるまでの1カ月は妻と二人で毎晩泣いていた。肺にすぐに水が溜まってしまうのでゆっくりと溺れていくような苦しさから解放させてあげるために眠らせる決断をした。箱入り娘だったので最後は近所の公園を散歩させてあげた。初めて見る外の世界、鳥のさえずり、芝生の感触。妻がビートルズのブラックバードを歌ってあげてくれというので静かに歌いかけてお別れをした。人生は短い。大切な人や猫が旅立つたびにそう思う。自分の人生が短く感じるのではない。いつでも時間があるからと人間関係をないがしろにしていると突然、人は逝ってしまう。そしていつもこう思う、なんであんな小さなことを気にしていたんだろう。人を愛する人生の時間には限りがあるんだと。

 

今週の1本

Harry and Tonto
(邦題:ハリーとトント)

公開:1974年
監督:ポール・マザースキー
音楽:ビル・コンティ
出演:アート・カーニー、エレン・バースティン
配信:DVD

ニューヨークのアパートを追い出された老人ハリーは愛猫のトントと旅に出る。

(予告はこちらから)

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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