#03 現役プロベーシストが見る、ブロードウェイの舞台裏

観客には決して見えないブロードウェイのリアル。現役ブロードウェイベーシストが、仕事の流れ、現場の空気、そして“プロとして生きる”ということを、自身の視点で綴る連載。


シアターの舞台裏 ― ブロードウェイを支える人々

ブロードウェイの魅力と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、きらびやかなステージ、次々と変化する照明、自動で動く巨大なセットピースではないでしょうか。しかし、その一つひとつの裏側に、それぞれの分野で“プロ中のプロ”が存在し、毎晩ショーを成立させていることを意識する人は、意外と少ないかもしれません。客席から見ているだけでは、なかなか想像できない世界です。

プロフェッショナルから成る「歯車」

例えば、音楽に完璧にシンクロして変化する照明。これは偶然でも、事前にプログラムされているだけでもありません。舞台袖にはステージマネージャーと呼ばれる人たちがいて、ショー全体をリアルタイムでコントロールしています。「Lights 321, go」そんな一言で、照明、音響、セット転換などが正確に動いていきます。まさに舞台の司令塔です。ちなみにLights 321番はChessアクト1の最後の照明のキュー番号で、ステージマネージャーのリサさんのお気に入りだそうです。

照明、音響、衣装、ウィッグ(かつら)、舞台転換、オートメーション。ブロードウェイでは、あらゆる分野に世界中からトップレベルの人材が集まり、「最高のエンターテインメントを毎晩提供する」という一つの目的のために働いています。だからシアターの中は、どこか会社のようでもあります。明確な役割分担があり、ルールがあり、そしてプロフェッショナルとしての責任があります。

私がブロードウェイで働くのが好きな理由のナンバーワンは、この完成された仕組みの中で仕事ができることです。この世界を説明する際によく使われるのが「歯車」の例えです。一つひとつの歯がショーに関わる人々で、それぞれが綺麗に磨き上げられている。完璧な歯車同士が噛み合うことで、その上にある大きなシステムが回り続けます。個々の歯にスポットライトが当たることはほとんどありませんが、たった一つ欠けただけで、全体が止まってしまう。そのシステムの一部として働くことで、自分一人では決して動かせない規模のものを動かせるのです。もちろん、その裏には複雑なユニオンルールや契約の仕組みが存在します。

『Chess』のステージマーネジャーのリサ・ラクッチさん。ステージ袖にあるステーションから指示を出します。

チームワークを高め、コミュニティーを循環させる伝統

そんな多くのデパートメントが一つのチームとして機能するために、ブロードウェイには独特の文化や伝統があります。その一つが、いくつものシアターで行われている「ダラーフライデー」です。毎週金曜日、シアターで働く誰もが参加できるミニイベントで、一ドル札に名前を書くか、ラッフルチケットを購入します。そしてインターミッション中に名前を引かれた一人が、その週に集まったお金をすべて持ち帰る、ちょっとした賭け事です。私が現在働いている『Chess』では、毎週だいたい300〜400ドルほど集まっています。当たった人がその週末に差し入れをすることも多く、自然とコミュニティーが循環していきます。私自身も今のショーではないですが、過去に二度当たったことがあり、日曜マチネ(昼公演)前にベーグルを差し入れしました。

もう一つが、「サタデーナイト・オン・ブロードウェイ」を略した S.N.O.B.(スノブ) というイベントです。土曜日の二公演が終わった後、シアター内または近所のバーで行われる飲み会で、毎回どこかのデパートメントがホストを務めます。「今月のテーマはこれ」といった張り紙がバックステージに貼られ、キャストもスタッフも入り混じって楽しみます。普段は交わることの少ない人たちと話せる、貴重な時間です。

ブロードウェイの舞台は、決して表に見える部分だけで成り立っているわけではありません。その裏側には、無数の仕事と人のつながり、そして長年培われてきた文化があります。その一端を知ることで、客席から見る舞台は、きっと少し違って見えてくるはずです。

 



Yuka Tadano / Bass Player

茨城県出身。2004年に渡米し、テキサス州のUniversity of North Texasで学部・大学院あわせて6年間ジャズを専攻。2010年よりニューヨークを拠点にプロのベーシストとして活動を開始。ジャズ、キャバレー、オフ・ブロードウェイ、全米ツアーなど幅広い現場を経て、現在はブロードウェイ・ミュージカルのオーケストラを中心に活躍している。演奏活動に加え、次世代の育成にも力を注いでいる。

IG: @yukatadano

 

               

バックナンバー

Vol. 1345

90年代NYの伝説的カルチャー クラブ・キッズの魅惑的世界

1990年代ニューヨークのクラブシーンで注目を集めた伝説的集団「クラブ・キッズ」。当時の最先端クラブで奇抜なファッションと自由な自己表現で注目を集めた彼らは、現代のインフルエンサー文化の原点とも評されている。中心的人物ウォルトペーパー氏の案内を頼りに、このアンダーグラウンドカルチャーの実像に迫りたい。

Vol. 1343

ニューヨークの野生動物図鑑 コンクリートジャングルの住人たち

高層ビルが建ち並ぶ、大都市ニューヨーク。しかし実は、驚くほど多様な野生動物たちが暮らしている。公園の芝生、街路樹の上、そして川辺や住宅街まで、都市のあらゆる場所に現れる動物たちを紹介したい。

Vol. 1342

完全保存版 フードトラック ベスト8

街角から漂う香ばしいスパイスの香りに思わず足が止まる春のニューヨーク。今、フードトラックは単なる「手軽なランチ」を超え一流シェフたちが腕を振るう「動く美食レストラン」へと進化を遂げている。