永住権放棄時に考慮すべき国際相続のポイント

米国の永住権を持つクロスボーダー人が永住権を放棄する際、計画的に対処すべき要素の一つは「相続」です。これには主に二つの観点があります。一つは、税法のコンプライアンスを遵守すること、もう一つは、出国税を回避するために純資産200万ドルの限度を超えないように管理することです。この記事では、日米クロスボーダー人にとって知っておくべき国際相続の一つの側面についてお話しします。

日米間の相続税・贈与税の違い

まず、日米のクロスボーダー人にとって重要なことは、日米間での相続税や贈与税の仕組みが大きく異なる点を理解することです。日本では、もらった人、つまり相続人が税金を支払いますが、米国では財産を渡す側、すなわち亡くなった人やあげる人が税金を負担します。相続の場合、米国では、亡くなった人の財産から税金が支払われ、その後に相続人が受け取ります。その手続きは遺産管理人が担当します。

米国では相続税は財産を渡す側に課されるため、受け取る側に直接課税されることはありません。このため、米国では「相続税」とは呼ばず、「遺産税Estate Tax)」として扱われます。ただし、州によっては「相続税(InheritanceTax)」が課される場合があるため、注意が必要です。

日本の家族からの相続に関する注意点

ここで陥りやすい誤解があります。それは、クロスボーダー人が永住権を保持している間に日本の家族から相続を受けた場合です。端的に「米国では相続人に対して相続税がかからないから何もしなくてもよいのだ」と思い込んでしまうと、申告漏れに陥る可能性があります。日本の家族からの相続財産が10万ドルを超える場合には、米国に対して申告義務があるためです(Form 3520)。「日本で相続税を支払っているし、米国のほうでは何もしなくてもよいのだ」という解釈は正確ではありません。この申告義務は情報開示を目的とされており、納税の有無にかかわらず、米国居住者にとって必要な開示義務です。

Form 3520の提出を怠ると、申告漏れ財産の25%に相当するペナルティーが課される可能性があります。クロスボーダー人は、日本で発生した相続であっても、永住権を放棄するまでは相続や贈与に関し十分に注意を払う必要があります。

永住権放棄とForm 8854の申告義務

日本からの相続に関し申告がなされていなかった場合、どのように対応すべきでしょうか。過去15年間のうち8年以上永住権を保持(Long Term Residentするクロスボーダー人の場合、永住権放棄時の税務申告には、個人の貸借対照表のように、自身の資産や負債の詳細を報告する必要があります(Form 8854・米国版の国外財産調書)。この書類では、資産の評価額や税法遵守履歴(過去5年分)を証明しなければなりません。

たとえ相続について報告を怠っていたのが5年以上前の場合でも、相続資産に不動産や金融資産が含まれていれば、Form 8854でその資産価額を算出する必要があり、以前に適切な申告をしていなければ問題が生じる可能性があります。つまり、過去に提出した申告書と永住権放棄時の申告の内容は一致することが求められます。これが、最初に述べた税法コンプライアンスを遵守することの重要性です。相続の申告漏れがある場合は、専門家へ相談し、ベストな対処を行ってください。

200万ドルテストと出国税回避の計画

次に考慮すべき重要な点が、出国税を回避するための200万ドルの資産限度です。たとえ税法コンプライアンスを遵守していることを報告できたとしても、自身の純資産額が200万ドルを超えている場合は、出国税の課税対象者(Covered Expatriateに該当する可能性があります。

従って、永住権を放棄する際には、純資産額を200万ドル以下に抑える計画を立てることが一般的です。しかし、予期せぬ相続などで自身の資産が増加すると、意図しない形で資産総額が200万ドルを超えてしまう可能性があります。永住権放棄をする寸前にこのような状況になると、放棄タイミングの見直しを余儀なくされる、また、出国税を回避することが難しくなる場合もあります。

そのため、永住権放棄のタイミングは慎重に計画する必要があります。Form 3520報告義務や200万ドルの資産限度を超える局面を考慮しながら計画を立てることが、税務リスクの軽減には不可欠です。

まとめ

永住権放棄を考える際には、単に手続きを進めるだけでなく、税務上の影響やタイミングを慎重に見極めることが求められます。特に、相続や贈与に関わる税制は日米で異なり、思いがけない負担が生じる可能性があります。計画的に対応することで、予期せぬ相続や資産変動によるリスクを最小限に抑え、将来の安心を確保することができます。

クロスボーダー人にとって永住権放棄は人生の大きな節目であり、単なる手続き以上に、資産や家族の将来に影響を与える決断です。事前に十分な準備を整え、専門家と共に長期的な視点で、最適な選択肢を検討してください。

〈参考文献〉

Long-term resident: https://www.law.cornell.edu/uscode/text/26/877#e_2

Form 3520, Annual Return To Report Transactions With Foreign Trusts and Receipt of Certain Foreign Gifts:

https://www.irs.gov/forms-pubs/aboutform-3520

Form 8854, Initial and Annual Expatriation Statement: https://www.irs.gov/forms-pubs/aboutform-8854

 


ハラ―基江

CDH会計事務所 Cross-Border Manager

CDHクロスボーダーコンサルティングチームは、日米に家族や資産を持つ方々の国際税務をサポートしています。確定申告、二重国籍者の税務、海外資産報告、相続・贈与、離婚、永住権や市民権の取得・放棄、出国税など。無料オンライン面談予約は下記ウェブサイトから。

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