巻頭特集

【今週の巻頭特集】雑誌『ザ・ニューヨーカー』の世界

『ザ・ニューヨーカー』とは? 同誌を象徴する4つの名物号

ニューヨーク公共図書館本館では創刊100周年記念展示が開催中(2月21日まで)。創刊号の表紙など貴重な歴史的資料が並んでいる。そこで展示中の名物号を手がかりに、同誌の魅力に迫りたい。

 

『ザ・ニューヨーカー』の顔 

1925年2月21日・創刊号

ニューヨークはジャズエイジまっただ中の1925年、ジャーナリストのハロルド・ロスとジェーン・グラントの夫妻は、知的で洗練された都会人を主な読者層とした、洒脱なユーモア雑誌『ザ・ニューヨーカー』を創刊した。交流のあった作家や記者、批評家などを中心に編集陣として集め、斬新な雑誌づくりに挑んだ。創刊号の表紙を飾ったのが、モノクル(片眼鏡)越しに蝶を見つめている、気品ある紳士であるマスコット・ユースタス・ティリー。90年代以降は、女性や若者、ヒップスター、さらには犬の姿など、時代に合わせて大胆な再解釈が施された。変化を続けながらも、同誌の精神を体現する存在でありつづけている。

 

ヒロシマの惨状を伝えた画期的報道

1946年8月31日号

数多くの名報道を生んだ同誌のなかでもとりわけ画期的だったのが、1946年に若き記者ジョン・ハーシーが発表した「ヒロシマ」報道だった。原爆投下から約1年後、同誌は8月31日号の誌面すべてをこの一つの記事に充てるという、極めて異例の決断を下した。当時、多くの米国人は、原爆投下は戦争終結のために必要だったと考えていた。米国政府は被爆の実態を伝える写真の公開を禁じており、広島の惨状は知られていなかった。こうした中、ハーシーは日本に渡り、聖職者や医師など被爆者らの証言を丹念に取材し、核兵器の凄惨さを強烈な筆致で描き出した。この報道は米国社会に大きな衝撃を与えた。

 

環境問題を告発した不朽の名報道

1962年6月23日号

環境汚染の実態を伝える記念碑的著作『沈黙の春』は同誌から生まれた。1958年、第2代編集長ウィリアム・ショーンは、海洋生物学者のレイチェル・カーソンに、当時、農地で広く使用されていた殺虫剤DDTが環境に及ぼす影響について執筆を依頼した。62年、カーソンは代表作となる『沈黙の春』を同誌で発表する。人間や生物への深刻な影響を、綿密な調査と科学的資料に基づいて明らかにした。企業側からの激しい反発を招いたが、編集部は一歩も引かなかった。当時、乳がんだったカーソンは車椅子に座りながら執筆を続けたという。彼女の告発は世論を動かし、後年の環境保護運動の高まりに繋がる。

 

Me Too運動でハリウッド大御所を告発

2017年10月23日号

ハリウッド業界の性加害を告発した調査報道も同誌に掲載された。2016年、NBCニュースに在籍していたジャーナリストのローナン・ファローは、映画プロデューサーのハーべイ・ワインスタインによる性加害の疑惑を取材していた。しかし、NBCは取材成果の放送を見送る判断を下す。その後ファローは『ザ・ニューヨーカー』に相談し、同誌の元で取材を継続。記事は17年10月にまずオンライン版で公開され、そして誌面に掲載された。複数の被害者による実名証言を含み、性的暴行の疑惑にまで踏み込んだこの報道は、沈黙が続いてきた業界の構造的問題を可視化し、翌年にはピュリッツァー賞を受賞した。

 

『ザ・ニューヨーカー』を映像で読む

ネットフリックスで同誌の創刊100周年を記念したドキュメンタリー『The New Yorker at 100』が先月配信された。監督はマーシャル・カリー、ナレーションは俳優ジュリアン・ムーア。約96分の映像で、同誌の歴史や文化的影響力などを、テンポよくかつ丁寧に映し出している。

軸となるのは、編集者やライター、デザイナー、校正者といった編集部スタッフへのインタビューと、昨年2月に発刊された創刊100周年記念号の制作過程。編集会議や取材現場、誌面デザインの舞台裏などに密着しながら、雑誌づくりの現場を丹念に追っていく。特に毎週大量に寄せられるコミックを選別する名物会議や、街を歩いて人々の声を拾う取材風景などは必見だ。さらに1946年の「ヒロシマ」の原爆報道や61年のレイチェル・カーソンが手がけた環境問題告発など、ジャーナリズムの歴史を動かした代表的な記事にも触れ、同誌が果たしてきた社会的役割も振り返る。

作品の全体を通して印象に残るのは、伝統的な洗練された品のあるスタイルを大切にしながらも、そこに安住することなく、新たな試みにも果敢に挑み続けようとする姿勢だ。なぜ今もこの雑誌が読み継がれているのかを鮮やかに描いており、初めて触れる人にもその世界観をわかりやすく伝える一本となっている。

ネットフリックス・オリジナル番組『The New Yorker at 100』

『ザ・ニューヨーカー』は骨太な調査報道、時代を代表するフィクション、機知に富んだカートゥーンを届けてきた 。創刊100周年を迎えた同誌の過去・現在・未来を見つめる。(視聴にはサブスクリプション登録が必要

               

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