巻頭特集

NY市長選とZ世代ー ゾーラン・マムダニ旋風を読み解く

ニューヨーク市長選の民主党予備選で前州知事アンドリュー・クオモ氏らを破り勝利を収め、11月の本選で最有力候補と目される政治家・ゾーラン・マムダニ氏。ウガンダ生まれのイスラム教徒で、「民主社会主義者」を標榜する彼は、公営バスの無料化や家賃凍結といった公約を掲げている。なぜ、彼は急速に支持を集めたのだろうか。「マムダニ旋風」による、米国政治の地殻変動に迫りたい。(文・取材/篠原諄也)


ニューヨーク市長選の民主党予備選で、新たな旋風を巻き起こしたゾーラン・マムダニ氏。特にZ世代の若者たちから熱い支持を集めているという。なぜ彼は若年層の心をつかむのだろうか。Z世代と米国政治を研究し、『Z世代のアメリカ (NHK出版新書)』などの著作のある、政治学者・三牧聖子さんに話を聞いた。

─ゾーラン・マムダニ氏の登場をどうご覧になっていますか。

第二次トランプ政権の発足以降、米国では多様性に対するバックラッシュが強まっています。それ以前にも、2023年に大学入学者選抜で人種を考慮するアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)が違憲とされた判決を契機に、「様性政策の推進によって、マイノリティーばかりが優遇され、白人が逆差別されている」といった主張が勢いを増していました。さらに、同年10月7日にハマスに攻撃されたイスラエルがガザで大規模軍事侵攻を開始したことで、それ以降、「ハマスはテロ組織であり、イスラム系は危険だ」といった考え方が広がりました。こうしたイスラム嫌悪は遡れば、01年の9.11以降に米国社会で強まっていたものです。

そのような空気の中で、マムダニ氏はウガンダ生まれでインド系移民の両親を持つ、イスラム教徒として登場しました。ムスリムという米国社会で歓迎されにくいマイノリティーでありながら、無名に近い州議会議員という立場からニューヨーク市長民主党予備選で圧倒的な得票数で勝利しました。

現在の米国では、トランプ政権の下、多様性そのものが否定され、それを喝采するような支持者がいます。しかし、マムダニ氏の勝利は、依然米国に、多様性を擁護する力強い声が存在することを示したと思います。

─政治的スタンスや政策についてはどうでしょうか。

マムダニ氏はバーニー・サンダース氏を支持し、「民主社会主義者」を自認しています。現在の米国の若者たちが惹かれる社会主義は、かつて冷戦時代にイメージされていたものとは大きく異なります。例えば、マムダニ氏の政策には、公営バスの無料化や家賃高騰の凍結などがあります。いずれも交通、住まいといった生活の基盤を誰もが平等に使えるようにし、資本主義社会で見過ごされてきた不平等や格差を是正するということです。

こうした「民主社会主義者」という立場に対して、共和党だけでなく民主党の主流派からも「過激すぎる」と批判が起こっています。しかし、それでもマムダニ氏が、知名度においても資金においても優位だった元州知事アンドリュー・クオモ氏に圧倒的な得票差で勝利したという事実は、市民が「基本的な生活のニーズをきちんと保障してほしい」と願っていることの表れだと思います。

─今回、若年層の支持率が高いですが、米国Z世代の政治意識に詳しい三牧さんはどうご覧になっていますか。

米国のZ世代にとって、米国社会はずっと「右肩下がり」の時代でした。01年の9.11以降に続いた「テロとの戦い」では、アフガニスタン撤退までの約20年間で、8兆ドルもの膨大な費用が投じられました。その間にはリーマンショックが起こり、新型コロナウイルスのパンデミックがありました。これらはいずれも格差の拡大と結びついています。「命が所得によって左右される」という厳しい現実が突きつけられました。米国社会において、医療などの基本的なサービスが多くの人に十分に行き届いていないことがあらわになりました。

そうした社会で育ってきた若い世代がマムダニ氏を支持するのは、彼の若さへの期待もあるでしょうが、根本的には、住まいや教育など人間の基本的な要求ですら庶民には手が届かないものとなっている、、資本主義の矛盾を見てきた世代だからだと思います。また「多様性へのバックラッシュ」が一部で強まる一方で、米国社会そのものは着実に多様化しています。Z世代にとって、多様なバックグラウンドを持つ人がいることは特別なことではなく、当たり前の感覚なんです。こうした理由から「民主社会主義者」で多様なルーツを持つマムダニ氏が、支持を集めたのだと考えています。

三牧聖子(みまき・せいこ)

同志社大学大学院准教授。1981年生まれ。専門は米国政治外交史。 著書に『Z世代のアメリカ』、共著に『アメリカの未解決問題』『自壊する欧米』などがある。


『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)。米国若年層の政治意識を、米中対立、反リベラリズムからジェンダー平等、レイシズムといった多様な角度から論じる。

               

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