木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第35回> 初めてでも読みやすい、おす すめの米国黒人文学

本文中に登場する書籍。筆者はどれも英語で読んだが、すべて日本語に訳されている

 

2月は黒人歴史月間──その名の通り、黒人の歴史や文化を振り返る月である。くわえて、どうしてその必要があるのかを考える機会もさまざまな形で提供される。

読書や文学表現が好きな私は、今回は米国黒人文学から、この分野にあまり馴染みがない人でも手に取りやすい作品をいくつか紹介したい。日本語訳されているものを選びつつ、ジャンルや主題が多様になるよう意識した。

『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド、谷崎由依/訳)

南北戦争勃発が迫るさなか、南部で奴隷として生きる黒人少女の逃亡劇を描く歴史小説。作中の「地下鉄道」は、実在した奴隷逃亡支援ネットワークの比喩ではなく、物理的な地下鉄として描かれる。この大胆な発想によって、作品はまるで旅の物語のような感覚を生み出す。そしてSFやサスペンスの要素も織り込むことで、自由と解放を求める黒人たちの過酷な道のりを鮮烈に表現する。

『ひとりの双子』(ブリット・ベネット、友廣 純/訳)

肌の色が薄い黒人の双子姉妹は、生まれ育った南部の町を16歳で離れる決意をするが、その後、一人は黒人、もう一人は白人として別々の人生を歩む。やがて、彼女たちの運命は交錯し──。それぞれの選択が社会や周囲の人々に及ぼす影響を繊細に描写することで、焦点を人種や肌の色の差別にとどめず、家族の絆やアイデンティティーの揺らぎも緻密に紡ぎ出す。そして、社会において「見た目」が持つ意味を問いかける物語。

『世界と僕のあいだに』(タナハシ・コーツ、池田年穂/訳)

作家でありジャーナリストでもある著者が、息子へ向けた手紙の形式で綴るノンフィクション。米国の社会構造の中で黒人の「肉体」を持って生きることの厳しさ、歴史的に繰り返されてきた暴力の実態、そして「人種(race)」という概念がいかに恣意的につくられたものであるかを鋭く問いかける。文学的な美しさと社会批評を融合したこの一冊を読み、ジェームズ・ボールドウィンの『次は火だ』を思い出したのは私だけではないだろう。

『もうやってらんない』(カイリー・リード、岩瀬徳子/訳)

25歳の黒人女性主人公は、裕福な白人リベラル家庭の娘のベビーシッターをしている。ところがその白人の子供と一緒にいたところ、誘拐を疑われてしまう──。軽快でテンポよく、時にコミカルにストーリーを展開させながら、リベラルな善意と人種的偏見が交錯するさまを描き出し、現代社会の欺瞞を巧みにあぶり出す小説。

『アンジェラ・デイヴィスの教え 自由とはたゆみなき闘い』(アンジェラ・デイヴィス、浅沼優子/訳)

公民権運動やブラックフェミニズムなどを牽引してきた著者のスピーチや講演、インタビューをまとめた一冊。歴史上、そして現代の複合的差別と対峙してきた彼女の言葉を読み進めていると、何度も胸をうたれる。多方面に広がる抑圧構造を交差的に分析し、「自由とは何か?」を問い直す力強いメッセージが詰まっている。

『なにかが首のまわりに』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、くぼたのぞみ/訳)

米国で活躍するナイジェリア出身の作家による短編小説集。現代アフリカの政情不安や社会的混乱を背景に持つアフリカ系移民の視点は、米国黒人文学の中でも異彩を放つ。米国社会に適応しながらも、アフリカの記憶や価値観と向き合う主人公たちの戸惑いや葛藤、文化の衝突を繊細に描き出し、移民経験の多層性を浮かび上がらせる。著者特有の感性豊かで叙情的な筆致が光る一冊。

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昨今、多様性やDEIなどといった言葉がいかようにも解釈され、本質が見えにくくなり、さまざまな人種の議論が何重にも複雑に操作されている。

こういった時こそ、知識習得にとどまらず、新たな視点を得たり他者との対話への橋渡しにもなる読書は意義を持つ。黒人歴史月間は、この月が設けられていることの意味を考えながら、歴史や社会について考えを深めるよい機会なのではないだろうか。

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

               

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