プロスポーツから見る経営学

第102回 CWCは誰のための大会?

MLS選手の「銭闘」とスポーツビジネス

2025年夏、FIFA(国際サッカー連盟)が主催するクラブチームによる世界一決定戦「クラブワールドカップ(CWC)」が米国で開催されます。これまで比較的コンパクトな大会だったこのイベントは、今回から大きく生まれ変わり、世界各地から32のクラブが参加する一大イベントとなりました。日本からは浦和レッズがアジア王者として出場します。米国のメジャーリーグサッカー(MLS)からも、シアトル・サウンダーズ、LAFC、そしてリオネル・メッシを擁するインテル・マイアミの3クラブが出場予定です。

賞金分配をめぐる対立

この大会を前に、米国国内では賞金分配をめぐり、MLSの選手とリーグの間で対立が起きています。いわば〝銭闘〟とも呼べるこの問題は、スポーツの舞台裏にある経済や契約の現実を浮き彫りにしています。今大会では、FIFAが大陸ごとに出場枠数を定めており、MLSが所属する北中米カリブ海地域(CONCACAF)には合計四つの出場枠が割り当てられています。このうち、MLSからの出場は3クラブで、2022年に同チャンピオンズリーグを制したシアトル・サウンダーズ、2023年の準優勝クラブであるLAFC、そして開催国枠として選出されたインテル・マイアミです。FIFAが公表した賞金制度では、出場するだけで各クラブに9・55百万ドルが支払われ、勝利や進出ラウンドに応じて賞金が段階的に加算されます。たとえば、グループステージでの勝利は1試合あたり200万ドル、ラウンド16進出で750万ドル、優勝すれば最大4000万ドルに達する構造です(浦和レッズの年間の売上が約6600万ドル)。一方、MLSではリーグと選手会との間で結ばれている労使協定(CBA)によって、選手に支払われる報酬が厳しく制限されています。

この協定は給与体系や契約内容だけでなく、賞金の分配や移動・宿泊といった待遇にも及びます。たとえば、Jリーグが用意したチャーター機で浦和レッズが渡米したように、国際大会では選手の移動手段も重要な待遇の一部とされています。現行のCBAでは、未定義の大会における選手への報酬上限は100万ドルとされています。選手たちはこの額が「不当に低い」と主張しています。もちろん、2021年の協定締結時には選手側も合意していますが、当時は大会の規模も賞金額も現在とは大きく異なっていました。そのため、「状況が一変した今、柔軟な再交渉が必要だ」というのが選手側の立場です。これを受けてMLS側は、賞金の20%を成績に応じて追加で支払う提案を提示しました。出場時の100万ドルに加え、クラブの成績によって報酬が上積みされる方式です。たとえば、クラブがグループステージを突破して準々決勝に進出した場合、総賞金が約2000万ドルに達し、その20%(約400万ドル)と固定の100万ドルを合わせ、選手への分配額は約500万ドル、比率としては25〜30%程度になる計算です。一見すると、ヨーロッパや南米で慣例とされる30〜50%の水準との差は小さいようにも見えますが、選手たちは金額の差以上に、交渉の進め方そのものに強い不満を抱いています。MLSが提案を出したタイミングが、抗議Tシャツ着用直後だったこともあり、提案が「報復的」であるとの受け止めが広がったことは、選手とリーグの信頼関係に大きな影を落としました。この抗議Tシャツとは、シアトル・サウンダーズの選手たちが試合前のウォームアップで着用したもので、「Club World Ca$h Grab」という文言とモノポリーのキャラクターが描かれ、MLSの賞金配分方針に対する批判を可視化したものでした。

スポーツの裏側を知る

スポーツを「ビジネスの視点」から考えると、より面白くなります。その裏には、選手、リーグ、クラブ、そして国際的な商業価値といった多層的な力学が働いており、それが選手の待遇や試合の質、さらにはスポーツの未来をも左右していきます。今回のクラブワールドカップは、そうした「スポーツの裏側」に触れる絶好の機会です。賞金の規模、出場条件、契約のあり方、抗議行動の意味。すべてが、スポーツを取り巻く経済と交渉の現実を映し出しています。ファンである私たちがその一端に目を向けることこそ、現代スポーツをより深く理解する第一歩となるのではないでしょうか。私としては、国際試合の運営やスポーツにまつわる法的な観点から仕事で関わる立場でもあり、そのような制度設計や交渉のプロセスを垣間見ることができる今回の事例は非常に興味深く感じました。 なお、浦和レッズの選手に対する賞金の分配額については、現時点で公式な情報は明らかにされていません。配分方法や金額はクラブごとの判断に委ねられており、今後の動向が注目されます。

 

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

               

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