プロスポーツから見る経営学

第103回 新時代のクラブワールドカップ

米国開催のCWC 真の勝者は誰か?

2025年夏、サッカー界は大きな転換点を迎えました。米国で開催されたFIFAクラブワールドカップ(CWC)です。参加チーム数を一気に32まで拡大したこの大会は、興奮と同時に、物議を醸しました。ピッチ上の勝敗だけでは測れない「ビジネス」の側面から、この大会が各クラブに何をもたらしたのか、果たして、この大会の「真の勝者」は一体誰だったのでしょうか。

今回のCWCで最大の恩恵を受けたのは、ヨーロッパのメガクラブ以外のチームだったのではないかと語る論調が大きかったです。その筆頭が、ブラジルの名門フルミネンセです。準決勝で敗れたものの、この大会に参加し、勝ち進んだことで約6000万ドル(約90億円)もの賞金を確保しました。この金額は、クラブの2024年の総収益(チケットやグッズの売上など)の半分以上に相当する驚異的なものです。この莫大な資金は、クラブの財政を安定させ、ブラジル国内のライバルクラブを大きく引き離すことになります。さらに、金銭的な利益だけではありません。フルミネンセは大会期間中に、全てのソーシャルメディアの合計フォロワー数を5%も増加させました。特筆すべきは、動画再生数といったエンゲージメントで、過去1年間に記録した数字の3分の1を、このわずかな期間で獲得したのです。これは、世界中のサッカーファンにクラブの存在を強烈にアピールできた証拠であり、新たなファン層やスポンサーシップに繋がる、お金には換えがたい価値と言えるでしょう。ニュージーランドのオークランドFCは、24年の年間収益は100万ドルにも満たなかったものの、今大会で約500万ドル(約7億5000万円)の賞金を手にしました。多くの選手がサッカー以外に本業を持つ「セミプロ」のクラブにとって、どれほどのインパクトがあるものか想像は容易にできます。彼らのSNSフォロワー数は大会中に150%増を記録し、まさに無名の存在から、一躍世界に知られるクラブへと変貌を遂げたのです。

欧州クラブでは物議
 
一方で、世界のサッカー界を牽引してきたヨーロッパのトップクラブにとって、この大会は全く異なる様相を呈していました。彼らにとって、今回のCWCは手放しで喜べるものではなかったようです。チェルシーのようなトップクラブにとって、シーズンの優先順位は明確です。最も重要なのは、欧州クラブの頂点を決めるUEFAチャンピオンズリーグ。次いで、自国のプレミアリーグ、そして国内のカップ戦と続きます。CWCは、彼らにとっては「5番目に重要な大会」という位置づけになりがちです。そんな彼らが直面した最大のデメリットは、「選手のコンディション」問題です。長いシーズンを戦い抜いた直後の疲労困憊の状態で米国に渡り、真夏の厳しい気候の中でプレーすることは、怪我のリスクを飛躍的に高めます。実際に、バイエルン・ミュンヘンのスター選手、ジャマル・ムシアラは足首を骨折。マンチェスター・シティもチームの中心であるロドリなどを負傷で欠く事態に見舞われました。過密日程も深刻です。マンチェスター・シティは、このCWCの敗戦から新シーズンの開幕までわずか47日しかありません。一方で、開幕戦の相手は83日間の十分な休養期間があります。この差が、シーズンの行方に影響を与えないと誰が言い切れるでしょうか。

こうした状況に、不満の声が上がっています。名将ユルゲン・クロップ氏は、大会前から選手の健康を度外視しているとして「意味のない大会だ」と批判。チェルシーのエンツォ・マレスカ監督も、高温や嵐で試合が何度も中断されたことについて「冗談みたいだ」と、開催地の選定にまで疑問を呈しました。誰にとっての「成功」だったのか? この新しいCWCは、参加したクラブの立ち位置によって、その価値が全く異なるという二面性を浮き彫りにしました。フルミネンセやオークランドFCのようなクラブにとっては、財政基盤を根底から変え、世界的なブランド価値を高める「革命的な大会」でした。一方、ヨーロッパの巨大クラブにとっては、選手の疲労や怪我のリスクを伴う「厄介な義務」となったた側面も否めません。トップクラブは不満を抱えつつも、FIFAが主導する大きな流れには逆らえないという現実を受け入れています。

今回の大会が示したのは、グローバルな市場拡大と収益最大化を目指すFIFAの戦略と、選手の健康や伝統的なシーズンサイクルを重んじるヨーロッパのトップクラブとの間に存在する、埋めがたい溝でした。この新しい力学が、これから世界のサッカーをどこへ導いていくのか。ビジネスではWin─Winの関係を目指すのが常ですが、ことスポーツビジネスになると簡単にはいかないことを改めて認識させられました。(参考記事:Sportico “FLUMINENSE IS THE BIG WINNER OF THE CONTROVERSIAL 2025 CLUB WORLD CUP”)”

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

               

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