ニューヨーク仕事人名鑑

ニューヨーク仕事人名鑑 #58 佐藤麻衣子さん

困難に立ち向かい、今を全力で生きる日本人ビジネスパーソン。名刺交換しただけでは見えてこない、彼らの「仕事の流儀」を取材します。


ニュージャージー州の公立高校で日本語教師として勤務し、多感な時期の生徒たちに向き合いながら日々奮闘する佐藤麻衣子さん。今年9月で同校勤務19年目を迎える佐藤さんの、ここに至るまでの経緯と彼女の“有言実行”のストーリーを聞いた。

タイムカプセルに込めた夢の実現

教師になりたい。米国で働きたい──その想いが芽生えたのは、小学6年生の時に訪れた「つくば万博」のタイムカプセル企画だった。2000年の自分に宛てた手紙には、「あなたはアメリカにいるでしょう、そしてきっと教師になってるはず」と記されていたという。「当時はまだ子供で何の打算もなく、ただ純粋に心からそう思っていたのでしょうね」。しかしそれは彼女の将来を方向づける“宣言”であり、実際に彼女はその夢を実現させた。

1992年に渡米。目指すはニューヨーク。しかし、州都オールバニに降り立った彼女は、「エンパイアステートビルはどこ?」と尋ねたタクシー運転手に笑われ、自分の思い描いていたニューヨークは“マンハッタン”であったことに気づく。これが、彼女の「ニューヨーク物語」の始まりだった。その後、健康上の理由で一度は帰国するも、やはり米国への想いは消えず、テネシー州で日本語教師の求人を見つけ、再び渡米。しかし、どうしてもマンハッタンへの憧れを捨てきれず、家財などをすべて売り払い、体一つでマンハッタンへと向かう。親の心配をよそに、複数の仕事を掛け持ちし、憧れだったニューヨーク大学で国際教育を学び、教師になるための学位を取得。7年の歳月を経て、ついに「ニューヨークで教師になる」という夢を叶えたのだ。

教室は“理科の実験室”?!

「ニューヨークは多様な人種が混ざり合う街。私自身、マイノリティーとしていろいろな経験をしてきました。だからこそ、同じように苦労している子供たちに、言語という“武器”を与えてあげたかった。私にとって“武器”だった日本語を、今度は彼らの強みにして自信を持たせてあげたい」。しかし、教師として初めて勤務したハーレム地区の学校では、想像を超える苦労が待っていた。アジア人女性という理由で授業中に食べ物やボールが飛んでくる。ストレスで体重は10キロ近く減り、夫に手を引かれながら通勤する日々。それでも佐藤さんは、「いつ何が飛んできても見えるように」と左手で黒板に字を書く練習をするなど、工夫を重ねたという。

そんな日々を乗り越え、その後現在の高校に赴任。「一番多感な年齢である高校生を相手にする仕事は、毎日が“理科の実験”のよう。日によって生徒の反応は変わるし、何が起こるか分からない。でも、だからこそ面白いし、やりがいを感じます」。そう語る彼女は、“教育”という贈り物を日々生徒たちへ届け続けている。「子供たちが社会を渡っていくには、自信を持てる“何か”が必要。お金や地位じゃなく、自分自身が持つ知識や人間性。それは“教育”によって身につくものだと思います。モノは使えばなくなるし、壊れたらそこで終わりだけど、教育は誰にも壊されない、人生の財産です」。あの日タイムカプセルに夢を込めた少女は、あの頃と同じまなざしで、現在も教壇に立っている。

 

佐藤麻衣子さん
教師

来米年:1992年
出身地:神奈川県
好きなもの・こと:骨董市に行く
特技:時短料理・敵を作らない

ニューヨーク大学大学院卒(国際教育専攻)。ハーレム地区のFredrick Douglass Academyで日本語を教え、雑誌『AERA』に掲載されたのをきっかけに、テレビ『情熱大陸』で取り上げられる。その後、NJ州のPassaic County Technical Institute高校で日本語プログラムを立ち上げ、現在150人の学生達を相手に奮闘中。

               

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