巻頭特集

【今週の巻頭特集】週末のプチお出かけ ワシントンD.C.博物館を巡る旅

ニューヨークに負けずとも劣らない美術館や博物館の宝庫、ワシントンD.C.。今週はトランプ政権のD.E.I.政策に揺れるスミソニアン協会運営の博物館の中で、今のうちに訪れたい五つの施設を紹介する。


展示内容変更前に見ておきたい五つの博物館

トランプ政権は8月12日、スミソニアン協会に対し八つの博物館について「包括的な内部調査」を要請する書簡を送付した。

見直しは展示解説文からSNSコンテンツ、学芸業務や展示計画、助成金関連書類、常設収蔵品目録、来館者調査に至るまであらゆる要素を含み、米建国250周年を前にホワイトハウスが「woke(社会正義に敏感)」または反米プロパガンダと見なす内容を「統一的で歴史的に正確かつ建設的な記述」に置き換え、「アメリカ主義」に焦点を当てることを目的としている。

ホワイトハウスは書間で「120日以内に、博物館は必要な箇所で内容の修正を開始し、展示パネル、壁面解説、デジタルディスプレー、その他の一般公開資料において、分断を招く表現やイデオロギーに偏った表現を、統一的で歴史的に正確かつ建設的な記述に置き換えるべきである」と述べている。

全米の他の博物館が追随する可能性も

一方で批判派は、この見直しが検閲の一形態となり得るものと見なし、歴史の歪曲につながる可能性を懸念。

スミソニアンで40年以上勤務した元上級歴史家兼学芸員は「スミソニアンを再び偉大にする必要などない。スミソニアンはすでに偉大なのだ」と明言。ロヨラ大学メリーランド校教授のケイ・ワイズ・ホワイトヘッド博士も「歴史を消し去り、書き換え、支配できるとしたら、それは自らを歴史的物語の中心に据える行為である」と政権の介入に非難を強めている。

博物館が展示内容を修正する場合は、通常は世論の圧力によるものであり、大統領からの圧力で変更された例は過去に一度もないが、スミソニアン協会は、トランプ政権と「建設的な協力を継続する」との声明を発表。展示内容が政権の意向に沿って変更された場合、全米の他の博物館が追随する可能性も否定できない。

ターゲットは八つの博物館

見直しプロセスの第一段階に含まれる八つの博物館は、国立アメリカ歴史博物館、国立自然史博物館、国立アフリカ系米国人歴史文化博物館、国立アメリカ先住民博物館、国立航空宇宙博物館、スミソニアン・アメリカン・アート博物館、国立肖像画美術館、ハーシュホーン美術館・彫刻庭園。

*現時点でトランプ政権が撤去を命じた展示物はない。
*ホワイトハウスが「偏向」としてリストアップした作品
whitehouse.gov/articles/2025/08/president-trump-is-right-about-the-smithsonian

ワシントンD.C.への行き方
ニューヨーク市内からアムトラックが一番便利。ペンステーションからユニオンステーションまで約3時間30分。アセラ(Acela)は割高だが、30分早く着く。
amtrak.com

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1. 国立アメリカ歴史博物館(入場無料)
National Museum of American History

開館:1964年 収蔵数:180万点 入場者数(2024年):210万人
si.edu/museums/american-history-museum

社会・政治・文化・科学・軍事史における米国の遺産を収集・展示。

【主な展示品】
フランシス・スコット・キーが国歌の着想を得た旗(実物)/リンカーン大統領が暗殺された夜に着用していたシルクハット/歴代のアメリカ大統領夫人が就任式夜のパーティーで着用したガウン/映画「オズの魔法使い」でジュディ・ガーランドが履いたルビーの靴/モハメド・アリのボクシンググローブ/トーマス・エジソンが発明した電球

トランプ政権が問題視した展示物(一部)


●トランプ大統領の最初の任期における2度の弾劾に関する言及を展示から削除。その後、編集版で展示を更新


●イモカリー自由の女神像(キャット・ロドリゲス作、2000年)農業労働者の仕事を象徴するトマトを手にした自由の女神像。台座には公民権運動家で詩人のラングストン・ヒューズの言葉「私もまた、アメリカだ」が刻まれている(布で覆われ見ることができない)

2.国立アフリカ系米国人歴史文化博物館(要予約)
The National Museum of African American History and Culture

開館:2016年 収蔵数:4万点 入場者数(2024年):160万人
si.edu/museums/african-american-museum

3部構成になった地下の常設展示室ではポルトガル人による奴隷貿易の始まりから1600年代初頭、アメリカに最初の奴隷が到着してからバラク・オバマ元大統領の当選以降に至るまで、アメリカ大陸における600年にわたるアフリカ系米国人の苦難と抵抗、解放と希望の歴史をたどる。最上階では文化・芸術、技術革新、軍隊に至るまで、ありとあらゆる分野でアフリカ系米国人が果たしてきた功績を紹介。博物館全体が見どころと言ってよいほどの充実ぶりで、特に地下の常設展示室は涙なしには見られないほど。奴隷制や人種隔離の歴史をありのまま伝え、奴隷制度がこの国の基盤を作った「事実」を改めて認識できる。

トランプ政権が問題視する可能性のある展示物
「スミソニアンは『奴隷制の悪さ』に偏重し『成功』を軽視している」と批判。奴隷制度の包括的展示が問題視される可能性がある。

抗議活動が行われたランチカウンターの席に座り、ローザ・パークス、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師、マルコムXといった公民権運動の指導者たちについて学べる

 

3.国立肖像画美術館(入場無料)
National Portrait Gallery

開館:1968年 収蔵数:2万3000点 入場者数(2024年):130万人
npg.si.edu

17世紀のネイティブアメリカンから現在までの、米国史のあらゆる時代、あらゆる分野を代表する象徴的な人物の肖像画を収集・展示。

トランプ政権が問題視した展示物
●国立衛生研究所(NIH)のアンソニー・ファウチ元所長のアニメーション肖像画(現在は展示されていない)
●テキサス州国境を越える難民家族を描いた油絵(2023年以降、展示されていない)
●「トランスジェンダーの自由の女神を描いた絵画」を含む展示(開催予定を中止)

バラク・オバマ(ケヒンデ・ワイリー作、2018年)

 

4.国立航空宇宙博物館(要予約)
The National Air and Space Museum

開館:1946年 収蔵数:7万8000点 入場者数(2024年):190万人
airandspace.si.edu

航空・宇宙飛行の歴史と科学、惑星科学、地球地質学および地球物理学の研究拠点。展示されている宇宙船や航空機のほとんどは、オリジナルの主機または予備機。

【主な展示品】
人類初の持続飛行を実現した1903年のライトフライヤー号/スピリット・オブ・セントルイス号/ジョン・グレンのフレンドシップ7号/アポロ11号司令船(コロンビア号)/ニール・アームストロングの宇宙服/月面岩石/チャック・イェーガーが音速の壁を突破した最初のロケット推進式機体ベルX-1/スペースシャトル・ディスカバリー号/広島に原爆を投下した航空機B-29「エノラ・ゲイ」

トランプ政権が問題視する可能性がある展示物
●気候変動を扱った「航空宇宙と変化する環境」展
●航空史におけるアフリカ系米国人の貢献を紹介する展示

アフリカ系米国人の航空部隊タスキーギ・エアメン。陸軍航空軍内の人種差別と戦った

 

5.国立アメリカ先住民博物館(入場無料)
The National Museum of the American Indian†

開館:2004年 収蔵数:80万点 入場者数(2024年):80万904人
americanindian.si.edu/visit/dc

1万2000年にわたるアメリカ先住民の歴史と芸術を彼らの視点から紹介。米国と先住民部族間で結ばれた複数の条約(その多くは米国側が破棄)の検証、先住民の強制移住「涙の道」や、米陸軍と先住民の部族連合軍が戦った「リトルビッグホーンの戦い」の背景、ディズニーの映画のモデルとなったポカホンタスとジョン・スミスの関係などに光を当てている。

【主な展示品】
ネイティブアメリカンが使用した木造船の再現模型/全米先住民退役軍人記念碑(NAVM)/自治権を持つインディアン部族の旗/ポップカルチャーや広告で使用された先住民の数百点の画像など
トランプ政権が問題視する可能性がある展示物
土地の剥奪、強制移住・同化、条約破棄などの先住民抑圧や、植民地主義に対する先住民の抵抗の歴史の展示。

先住民の血を引く建築家、ダグラス・カーディナルが設計


ナショナルモールから徒歩圏内 1泊するならデュポンサークルで

古今東西の名画を収蔵するナショナルギャラリーやスミソニアン協会管轄の博物館が並ぶナショナルモールからホワイトハウスを横目に徒歩約30分。デュポンサークルはフィリップスコレクションなどの美術館や各国大使館が集まるワシントンD.C.屈指の高級住宅地。目抜き通りのコネティカットアベニューを中心にホテル、ショップ、レストランが立ち並び、にぎやかな雰囲気だ。日曜の朝にはニューヨークのユニオンスクエアより大規模なファーマーズマーケットも開催される。

おすすめのレストラン&カフェ

Pisco y Nazca Ceviche Gastrobar
ペルー料理専門店。9種類のセビーチェなどシーフードを使ったメニューが豊富。人気店なので予約は必須。

1823 L St., NW
Washington, DC 20036
piscoynazca.com/washington-dc

Un je ne sais Quoi…
デュポンサークルのすぐそばにあるフレンチベーカリー。ランチタイムが近づくと行列ができるので、開店直後が狙い目。ペイストリーはもちろん、宝石のように美しいケーキも絶品。

1361 Connecticut Ave., NW
Washington, DC 20036
unjenesaisquoi.square.site

お土産はここで

White House History Shop
ホワイトハウスの見学ツアーは、居住する州の上・下院議員の事務所を通じて申請する必要があり、事前に詳細な個人情報を提出し審査を受ける必要があるなど実質的にはほぼ不可能な状態だ。ただし、ホワイトハウス歴史協会が運営するホワイト•ハウス・ヒストリー・ショップでなら、ホワイトハウスや歴代大統領に関連するアイテムを購入することができる。

1700 Pennsylvania Ave., NW
Washington, DC 20006
shop.whitehousehistory.org

               

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