AIは急速に私たちの生活に浸透している。話題の生成AIだけにとどまらず、政治やビジネス、医療や法律、さらには恋愛など人との関係性にまで影響を及ぼし始めた。本特集では、ブルックリン区で活動するAI起業家のインタビューを通じてその知能の正体に迫るとともに、ニューヨーク生活で活用できるAIサービスなど最新動向を紹介したい。
AIの登場と人間の未来
ブルックリン区を拠点に活動するAI起業家のマックス・ベネット氏は、これまでマーケティングなどのビジネス課題にAI技術を応用するプロジェクトに携わってきた。さらにコロンビア大学で神経科学に着想を得たAI研究に取り組むなど、アカデミズムの世界でも活躍している。著書の『知性の未来 脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか』(新潮社)は、生命の知性の壮大な歴史とAIの最新の研究成果を論じ、ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンをはじめ世界の名だたる研究者から高い評価を受けた。
知性と逆の順序で発達したAI
ベネット氏は生命の知性は進化の過程でさまざまなブレイクスルー(飛躍)を遂げてきたと指摘する。その流れを踏まえ、AIについて次のように考察する。「現在のAIテクノロジーの進展は、生命の進化の観点から見ると非常に興味深いものです。なぜなら、それは自然の知能がたどってきた道とは、ほぼ逆の方向を進んでいるからです。まず、生物は刺激を『良い』『悪い』で判断し、良いものには近づき、悪いものからは離れるといった基本的な行動を獲得しました。そして試行錯誤の中で学習する能力(強化学習)が発達し、さらに頭の中でシミュレーションし、行動を計画する能力が生まれました。こうした積み重ねの中で最終的には言語を獲得することで、情報を世代を超えて共有することが可能となりました。ところが、現在のChatGPTなどの大規模言語モデルは、まるで逆の順序をたどっています。世界について学習する基盤が言語にあり、そこから他の能力を再構築しようとしています。初期の哺乳類において計画する能力が生まれましたが、それもAIではいわば言語を用いた『独り言』によって実現されています。つまり、ChatGPTが思考しているように見える時、実は自分自身に語りかけているのです」。
未来のために議論を
その一方で、AIには人間の脳と似ている部分があるのだという。「興味深いのは、大規模言語モデルの学習方法が、脳の一部の学習方法と類似している点です。脳の研究では新皮質は次に何が起きるかという感覚入力を予測していると考えられています。そのおかげで私たちは物事を想像できるし、何か異常が起きたときにすぐ気付くことができます。道を歩いている時、普段は自分の足の動きを意識しません。しかし踏み出した瞬間に地面がないと、すぐに気付きます。脳は常に予測をしており、その予測が外れたときに世界のモデルを更新しているのです。同様に、大規模言語モデルも、インターネット上の膨大なテキストを参考に『次の単語は何か』を予測しています。それを何度も繰り返し生成される文章は、驚くほど意味の通ったものになります。前提として世界の構造に対応する非常に豊かなモデルを内部に持っていなければなりませんが、その言語自体は人間の経験から生まれているのです」。
そんなAIの登場は人間にとって全く新しい知性の時代の到来を意味するという。そこでは倫理的な問題について議論する必要がある。「AIを市場の仕組みに完全に委ねることには危惧があります。企業の投資資金や人々の消費行動だけで決まるならば、ソーシャルメディアと似た状況になる可能性があります。ソーシャルメディアは非常に収益性の高いビジネスですが、世界をより良くしているのかどうかについては多くの人が疑問を持っています。動画生成AIでミーム動画を量産することに意味があるでしょうか。市場のインセンティブが私たちの望む未来と本当に一致しているかどうか、今こそ考えるべきでしょう」
◼︎マックス・ベネット

AI企業Albyの共同創業者兼CEO。ワシントン大学を首席で卒業。ゴールドマン・サックスのトレーダーを経て、AIマーケティング企業Bluecoreを創業。『フォーブス』の30歳未満の30人のリスト(2016年)に選出。
◼︎『知性の未来─脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか─』

マックス・ベネット/著 、恩蔵絢子/訳(新潮社・電子書籍有)40億年前にDNAが誕生し、ニューロンが発生して脳になり、やがて人間の脳が言語を発明する。生命の壮大な歴史を、AIの最新の研究成果と比較しながら辿り直す。