MLBの現場より

澤村拓一投手の引退について

野球の本場・米国で活躍する日本人メジャーリーガー。取材現場で感じた選手の“今”の思いや状況を深掘りするコラム。


思い入れのある選手が一人、引退を決めた。2021、 22 年にレッドソックスでプレーした澤村拓一投手( 37 )だ。1月のある日、プロ野球生活を終えることを知った。とある日、澤村から電話を受けた。突然の引退ニュースに一瞬、言葉を失った。その数日前も澤村のインスタグラムには高重量のスクワットを挙げる写真がポストされていたばかりだ。選手生命に関わるようなケガはしていないはず。体力と気力、そしてボールの力としてはまだまだやれる、と思った。もったいないな…。周囲のそんな声もある中、引退を決断した。

澤村拓一投手

それにしても、そこまで付き合いの長くない私にわざわざ連絡をくれるなんて、なんて律儀な男なのだろう。澤村が巨人時代から付き合っている各スポーツ紙の担当記者たちは2011年のドラフト1位で入団してから、長い時間をかけて築いた信頼関係がある。しかし、私はレッドソックスでの2シーズンのみしか取材していない。リリーフ投手は、投げる試合が決まっている先発投手やほぼ毎日試合に出るレギュラー野手よりも、取材のスケジュールを組みにくい。ざっくり言ってしまえば、取材現場としての優先度はどうしても低くなってしまう。3連戦の取材に向かったけれど、澤村は投げませんでした、ということが起こり得るからだ。それでも、私はボストンまで何度かいった。澤村は、彼なりの基準でジャーナリストをみている。質問の質、練習をみている姿勢など、おそらく記者を〝認める〞水準があるのではないだろうか。私のことを認めてくれたのかは定かではないが、一人の記者としてテストされているようにも感じた。ゴマをすって聞こえのいい質問ばかりすれば、選手に好かれる、という世界でもない。何を大切に選手と向き合ってきたか。そんなことを見られていたのかもしれない。

マイナーリーグの現場で取材する理由

「なかなかマイナーまで行って取材する記者はいませんよ。簡単にできることじゃないですよ」。マイナー調整中の澤村はそういって、私を評価してくれたこともあった。「いや、僕はこういう(マイナーでの)取材も好きで来ているだけですから」。ただ、メジャーではなくあえて、選手がマイナーに落ちた時に取材することを私は大切にしている。苦境、不遇で選手はどんな顔をしているのか。どんな姿勢で野球と向き合おうとしているのか。それが、リアルに見えるかもしれない、と考えるからだ。選手の調子がいいときに話を聞くことは比較的、簡単な仕事だ。しかし、選手が苦しんでいるときに吐き出す本音もまた、重要な言葉のはず。だから、私はかつて筒香嘉智、藤浪晋太郎(ともに現DeNA)や秋山翔吾(現広島)、前田健太(現楽天)らがマイナーにいるときには、なるべく現地を訪れて、そのときの思いを聞くように努めてきた。マイナーリーグの現場で取材経験を得る以上に選手たちの本音を聞くことは大切な仕事であり、記者としての貴重な財産にもなっている。

話を澤村に戻すと彼も、もしかすると私のそんな姿勢を評価してくれたのかもしれない。そんなつながり、関わりがあったから、引退の連絡をくれたのかもしれない。2025年末までには引退を決めていたそうだが、トレーニングは「習慣だから」と今も継続中だという。引退の電話をもらってから数日後、私のインスタグラムにメッセージが届いた。私がジムにいき、社会人になってからのスクワットでの自己最高記録、133キロを挙げたことをちょっぴり自慢するストーリーへの返信だ。澤村のコメントは「軽」の一文字。一般人だったら、こんなもんですよ、と返信した。するとすかさず「200キロ以下はエクササイズです」とのこと。つまり、そんな重量はトレーニングとはいわない、と伝えたかったのだろう。常々、澤村は「スクワットは200キロまでがウオーミングアップ」という。その基準でいえば、たかが133キロで自慢するな、と言いたかったに違いない。

澤村は今後、社会人野球で投げるわずかな希望を抱く。ただ、 40 歳に近いベテランが社会人チームに誘われるかどうか、分からない。私個人的には社会人野球やクラブチームで投げる姿を望みつつ、将来はプロでもアマチュアでも指導者の道に進んでほしい。日米の経験を後輩たちに伝え、体の元気なうちは一緒に投げ、ともにトレーニングをしてほしい。スクワット200キロを挙げ、球速150キロを投げるコーチ。それができるのは、澤村しかないはずだ。


山田結軌

1983年3月、新潟県生まれ。2007年にサンケイスポーツに入社し、阪神、広島、楽天などの担当を経て16年2月からMLB担当。25年3月より、独立。メジャーリーグ公式サイト『MLB.COM』で日本語コンテンツ制作の担当をしながら、『サンスポ』『J SPORTS』『Number』など各種媒体に寄稿。ニューヨーク・クイーンズ区在住。

               

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