MLBの現場より

イチロー、日本選手初の偉業、殿堂入り式典は7月27日

野球の本場・米国で活躍する日本人メジャーリーガー。取材現場で感じた選手の“今”の思いや状況を深掘りするコラム。


ニューヨークの中心から北に約320キロ。運転で4時間ほどの田舎町にアメリカ野球の聖地、クーパースタウンがある。野球殿堂博物館があり、小さなメインストリートには関連グッズ、お土産物ショップがところ狭しと並んでいる。7月27日、日曜日。一人の日本選手が、野球殿堂の記念式典に出席する。

イチローさんだ(本名・鈴木一朗、現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)。2001年からの19シーズンで通算3089安打、首位打者2度、盗塁王1度など数々のタイトルを獲得した。04年には262安打を放ち、同一シーズンの最多安打新記録を樹立した。

殿堂入りには、全米野球記者協会の投票(今回は394人)で75%以上の得票が必要。引退後、5年で投票資格を得る。有資格1年目での選出が栄誉だ。以前より、イチローさんの殿堂入りは確実とされていた。最大の注目は満票を獲得できるかどうか。惜しくも1票足りず、得票率は歴代3位の99・7%。ヤンキースで史上最多652セーブを記録したマリアノ・リベラに続く二人目の満票選出を期待されたが、届かなかった。それでもイチローさんはその現実を哲学的に言葉にした。「1票足りないというのは、すごく良かったと思います。いろんなことが足りない。不完全であるというのは、いいなあって。生きていく上で不完全だから、進むことができる」

1年目にマリナーズで首位打者と盗塁王に輝き、最優秀選手(MVP)と新人王を同時受賞するセンセーショナルなデビュー。2001年から10年連続で200安打以上をマークした。ライトの守備では「レーザービーム」と形容された強肩と正確なスローイング、広い守備範囲でゴールドグラブ賞を10年連続で獲得した。オールスター戦にもルーキーイヤーから10年連続で出場。07年のサンフランシスコでの一戦では史上初のランニングホームランを放つなど3安打2打点と活躍し、日本選手で初めてMVPに選出された。

イチローが野球少年に送った言葉

僕がクーパーズタウンを訪れたのは、まだ大学3年生の夏だった。当時の手帳を引っ張り出して、記憶をたどってみる(写真参照)。2005年7月29日から8月20日まで22日間の旅。その終盤、8月12日に聖地に向かった。アルバイトで貯めたお金での貧乏旅行。限られた資金から捻出して、ニューヨークからクーパースタウンへのツアーに申し込んだ。日本人の添乗者が車で僕と同行した親友を送迎するオーダーメードの旅程。金額は覚えていないが、おそらく150〜200ドルくらいだったのではないだろうか。日記を読み返すと「ほしい物がありすぎる。何も買わずにガマン」とある。当地限定のグッズなど野球好きの心をくすぐられるものばかりだった。旅も終盤。お金がなくなりそうになり、このとき食事は、1日1食のみで5〜10ドルくらいに抑えていた。「みているだけで楽しかった。時間が足りない。いつかまた必ず行ってみたい、と強く思った」と記してある。それから、20年、まだ再訪問は叶えていない。

毎年、7月の終わりに開催される殿堂入り式典。僕はテレビや各種のソーシャルメディアを通じて見るものだった。しかし、今回はイチローさんが野球界最高栄誉の場に参加する。僕は現地に赴くことはできないが、新たな「イチロー語録」にどんな言葉が加わるのか楽しみにしている。2001年、イチローさんの活躍が大きなターニングポイントとなり、MLB(大リーグ)への興味は格段に高まった。そして現在のアマチュア選手、プロ選手ら日本球界ではメジャーリーグを夢見ることが、非現実的な夢物語ではなく、目指すべき現実的な目標になった。

「一歩ずつ進んでほしい。ある時代から高校生でもMLBでプレーすることが夢という選手がいっぱいいる。大きな夢で素晴らしいが、そこにいくにはコツコツと進んでいかなくてはいけないということを知っておいてほしい」

イチローさんは、野球界最高峰の舞台でのプレーを目指す野球少年たちにアドバイスをそのように送る。ニューヨーク近郊に住む野球ファンならぜひ一度、訪れてほしい。童心に戻り、自分がどれだけ野球が好きか問われる空気が流れている。僕がクーパースタウンに行ったのは、22歳だった20年前に行った一度きり。あれから時が経ち、米国で野球ジャーナリストになった自分は、何を感じ、考えるのか。必ず、再訪したい。


山田結軌

1983年3月、新潟県生まれ。2007年にサンケイスポーツに入社し、阪神、広島、楽天などの担当を経て16年2月からMLB担当。25年3月より、独立。メジャーリーグ公式サイト『MLB.COM』で日本語コンテンツ制作の担当をしながら、『サンスポ』『J SPORTS』『Number』など各種媒体に寄稿。ニューヨーク・クイーンズ区在住。

               

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