レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 The Penguin Lesson(邦題:未定)

映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。


春休みである。子供のいない読者の方々は知らないかもしれないが、ニューヨーク州の公立学校は桜の咲くこの時期に1週間休みになる。今この原稿を首都ワシントンDCで書いている。家族でこの街に訪れるのは3回目だ。ティーンの僕の娘は小学生の頃からミュージカル『ハミルトン』に夢中になっている事もあって、米国の歴史に深い興味を持っているのだ。

昨日はアフリカン・アメリカンの歴史と文化博物館(以下、米国黒人歴史博物館)、ホロコーストメモリアム博物館をはしごして訪れた。米国黒人歴史博物館は米国現政権が「一つの側面だけから歴史を語るのはけしからん」とこの博物館の展示の変更に言及した事もあり、変更されてしまう前にぜひ観ておきたかったのだ。そしてホロコースト博物館は世界の地域政治が激しく揺れ動いている今こそ、米国に住んでいる読者のみなさんにぜひ一度は訪れてほしい博物館だ。

4階ある展示は上の階から1933年から45年までのヨーロッパの歴史を時系列で追って展示されている。最上階はその暗い時代にナチス・ドイツがどのような経緯で民主主義を乗っ取りヨーロッパと世界を蹂躙し、史上最悪の残虐な大量殺戮を犯すに至ったかが実に詳細に忠実に展示されている。人類社会は間違いなく前進してはいるが、その過程で何度も同じ過ちを繰り返すのもまた悲しい事実である。

今回紹介する映画の舞台は1970年代の南米アルゼンチンが舞台になっている。この時代、南米もアジア同様、大国同士のイデオロギーのいがみ合いに間接的に巻き込まれて政情はいつも極めて不安定であった。アルゼンチンでも「汚い戦争」と呼ばれる軍によるクーデターと独裁政治を繰り返し、庶民もその政情不安の暗い渦にのみ込まれていった時代であった。暗く重い話かと思いきや、そんな時代を背景に実際にあった心温まる実話が基になっている。

自由と法治

イギリスから英語を教えるためにアルゼンチンの男子寄宿学校に赴任してきたトム。新任のトムは落ち着きのない生徒たちの関心を掴む事にひと苦労。そんな中、反政府勢力との紛争で学校も突然休みになってしまい、やる事の無くなったトムは同僚のタピオと隣国ウルグアイへ訪れる。そこの海岸でトムは流出した石油にまみれた瀕死のペンギンが打ち上げられたのを見つけて思わず助け出してしまう。

綺麗に洗い流されて元気を取り戻したペンギンを海に放そうとするトムだが、ペンギンはどこまでもトムについて来てしまう。しかたなく学校にペンギンを連れ帰るトム。ペンギンを校長に見つからないように密かにクラスに持ち込むと、授業を聞こうともしなかった生徒たちの目が突然輝き出した。そんなおり学校のスタッフで陰で反政府運動を支えていた娘・ソフィアが街中、トムの目前で秘密警察に拉致され連れ去られてしまう。それを静観するしかなかったトムは次第に罪悪感に悩まされていく。

独裁政治のはびこるギスギスした暗い社会の中で罪がなく純粋でどこまでも可愛らしいペンギンに惹かれていく人間模様は本当に救いのある話だ。しかし街中で法律に基づいた正当な理由もなく庶民が時の政府自らの手で連れ去られて、家族や弁護士との連絡もままならない状況の酷い環境の留置施設に送

られるような事が、自由と法治であるはずだったこの米国で起こるなんて想像もしていなかった。法律での統治と民主主義を守り抜くために、私たちには何ができるのか? 静観しかないのか? この映画を見て考えるきっかけにしていただきたい。

 

今週の1本

The Penguin Lessons (邦題:未定)

監督:ピーター・カッタネオ
原作:トム・ミッチェル『ペンギン・レッスン』
音楽:フェデリコ・ジャセッド
主演:スティーブ・クーガン
ジョナサン・プライス

『なんでペンギンが机の上にいるんですか?』
『君たちの注意を引くためだよ』

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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