レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Mickey 17 (邦題:ミッキー17)

映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。


数年前、年末の『NHK紅白歌合戦』をテレビで見ていた。すると何十年も前に亡くなった昭和の大歌手、美空ひばりのイメージ映像と歌声を人工知能で蘇らせて歌わせるという企画を自慢げに放送していた。くだらないことをするものだとその時思った。僕は美空ひばりの世代ではないが、52年もの間、自らを蝋燭のように燃やして大衆のために歌い続けてきた美空ひばりさんを静かに休ませてあげられないのだろうか。レコードも映画もテレビ映像も残っているのを見ていればいいじゃないか。僕が同じ立場ならば絶対に嫌だ。死んだ後に生きているかのようにイメージや言動や作品を勝手に機械で作り上げられるなんてお断りだ。中国では亡くなった家族をバーチャルイメージとAIチャットボットでスマホの中にいつまでも生き続けさせて遺族が故人と会話ができるというサービスに人気が集まっているそうだ。

今回の映画を見てそんな現代の世の中について思いを巡らせた。前作の『パラサイト 半地下の家族』から6年、待ちに待ったボン・ジュノ監督の新作がついに公開された。『パラサイト』を見た衝撃は僕の中で今も続いている。社会派SFホラーが得意なジュノ監督の作品はCGを駆使した作品も多いが、『パラサイト』はCGの使用を控え、カメラアングルと映像の構図と音楽でキャラクターの感情を観客に感じさせるという映画の原点とも言える演出が光り、僕は何度も繰り返し見て勉強した。例えば半地下の部屋に住む低所得層の家族を写す映像は上から下へ見下ろすアングルが多く見ている観客もこの家族を蔑むような感情を持つ。逆に高所得層の家族へのアングルは下から上へと見上げるようなアングルを使って見ている観客自らが自身を蔑むような感情を引き出している。そして映像の構図は常に奥行きがあり、一つのフレームの中に向きの違う動線がいくつもある。2時間12分、少しも飽きを感じさせずに一気に駆け抜けた。今回の新作も社会派ジュノ監督の現代社会に対するアイロニーがピリピリと効いた作品になっている。

失っていく人間力

近未来の世界、ビジネスの失敗で高利貸しの残酷な取り立てから逃げるためにミッキーはニフレイムという惑星への入植者グループへの参加を希望するが、倍率が高く残された道は「エクスペンダブル」という誰もやりたがらない仕事に従事するしかない。地球では倫理上の理由で禁止されているクローン技術と記憶保存装置を使い、死を伴う(というか死ぬことがわかりきった)危険な任務を死んでは複製され、を何度も繰り返すという、いわゆる人間実験用マウスになることだ。最初は任務のために死ぬミッキーに同情していた入植者たちも何度もクローン複製されて蘇るミッキーを次第にぞんざいに扱い始める。そして17番目になった複製ミッキーの短い人生が始る。

テクノロジーが発達するのと反比例するように私たちは大切な生きる力を失っている。前述したAI美空ひばりや中国の行き過ぎたバーチャル技術によって生と死について深く考察することを諦め、大切な人に先立たれた悲しみを乗り越えて力強く生きていく哲学を失う。ネット上に蔓延する陰謀論をいとも簡単に信じ込んで真実を追求する洞察力を失う。優しい言葉で決してユーザーを否定しないスマホの中のAIチャットボットを恋人にして淋しさを乗り越えて自分を強く成長させる人間力を失う。芸術の皮肉は、いつも私たちが麻痺してもう感じなくなった自分自身の馬鹿馬鹿しい姿を鏡のように映し出して見せる。「王様は裸だ!」と笑うジュノ監督の声が聞こえるようだ。

今週の1本

Mickey 17 (邦題:ミッキー17)

監督:ボン・ジュノ
原作:エドワード・アシュトン『ミッキー7』
音楽:チョン・ジェイル
主演:ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー

『僕が死ぬたびに、彼らは僕の複製プリントをまた作るんだ』

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

あなたのおすすめ新作映画はどちら?

レビューの感想や、紹介してほしい作品などの情報をお待ちしています。
editor@nyjapion.comまでお寄せください。

               

バックナンバー

Vol. 1317

ソーバーオクトーバー 一カ月の休肝がもたらす静かな変化

お酒をやめることは、意志の強さの証しではなく、自分の調子を取り戻すためのセルフケアの一つ。世界中で広がる「ソーバーオクトーバー(禁酒月間)」は、心身のバランスを見つめ直す、穏やかな一カ月の習慣。飲まないことで見えてくる「自分」を、少しの勇気と共に体験してみませんか。

Vol. 1316

知りたい、見たい、感じたい 幽霊都市ニューヨーク

ハロウィーンまで残すところ3週間。この時期なぜか気になるのが幽霊や怪奇スポットだ。アメリカ有数の「幽霊都市」ニューヨークにも背筋がゾッとする逸話が数え切れないほど残っている。こよいはその一部をご紹介。

Vol. 1315

ニューヨークの秋 最旬・案内

ニューヨークに秋が訪れた。木々が色づきはじめるこの季節は、本と静かに向き合うのにぴったり。第一線で活躍する作家や編集者の言葉を手がかりに、この街で読書をする愉しさを探ってみたい。

Vol. 1314

私たち、こんなことやってます!

全身の健康につながる口腔治療を日本語で対応するHiroshi Kimura DMD院長の木村洋さん、カイロ・理学療法・鍼を組み合わせ早い回復へと導く石谷ヘルスセンターの認定カイロ医師、ロジャー・ミッチェルさんに話を伺った。