お酒をやめる&#
横浜F・マリノス売却が意味するもの
横浜F・マリノスが売却されるというニュースが、ついに正式に報じられました。報道によると推定売却額は約1000万ドル。すでに複数の企業、特に大手IT企業などが関心を示しているといわれています。水面下で以前から話が進んでいたとはいえ、こうして公に報じられると、やはり大きな驚きを感じます。マリノスはJリーグ創設以前から日本を代表してきた歴史あるクラブであり、またシティ・フットボール・グループ(CFG)による外国資本導入の第一号として、日本サッカーが世界とどう結びつくかを象徴してきました。記事でも指摘されているように、今回の報道額は世界の基準と比べると低く見えるかもしれません。しかし、「日本のクラブは安い」と単純に決めつけるのは誤りです。重要なのは文脈です。
「企業の広告」から「資産」へ──日本サッカーの過渡期
日本のプロスポーツは歴史的にまだ若く、クラブの「売買」という考え方が浸透したのも近年のことです。長らくチームは企業の所有物として、経営資産ではなく広告媒体のように扱われてきました。そのため、株主がクラブの本質的価値を理解したり、経営上のリターンを重視したりする意識は限定的でした。しかし現在、日本のサッカー界は「クラブを資産として捉える」段階に移行しつつあります。その過程では、必ずしも売却益目的ではなく、クラブをより成長させられる新しいオーナーに託すという動きも見られます。鹿島アントラーズ、FC東京、FC町田ゼルビア、大宮アルディージャなどがその代表例です。
Jリーグ制度変化:外資規制撤廃と上場解禁
スポーツチームの価値上昇機運を後押しする制度的な動きもすでに始まっています。まず、外資規制の撤廃です。Jリーグ規約は2020年に改正され、外資によるクラブ株式過半数保有の禁止規定が削除されました。この改正によって、外国企業や資本がクラブ所有に関与しやすい道が開かれました。実際、24年9月にはレッドブルが大宮アルディージャを買収した例もあり、この外資参入が現実のものとなってきています。次に、クラブ株式の上場解禁です。Jリーグは22年2月の理事会で、クラブの株式上場に関する規約を改定し、実質的にクラブの上場を解禁しました。それ以前はJクラブ株式の上場が規約上事実上禁止されていました。こうした制度改変は、クラブの投資可能性を広げ、将来的には株式市場を通じた資金調達を実現する土壌を整えます。
Jリーグの主なクラブ売却事例(推定額)
・町田(2018年):サイバーエージェントが当時J2の町田ゼルビアの株式80%を約765万ドルで取得。
・鹿島(2019年):メルカリが新日鉄住金から株式61・6%を約1060万ドルで取得。
・FC東京(2021年):ミクシィが第三者割当増資を通じて約767万ドルを投資、持株比率を51・3%に引き上げて経営権を取得。
・大宮(2024年):レッドブルがNTT東日本からJ3大宮アルディージャおよびWEリーグ大宮の全株式を取得。金額は非公開ながら、約200万ドルと推定されてます。
(スポーツ報知報道より https://hochi.news/articles/20250929-OHT1T51302.html)
「安い」のではなく「移行期」にある
金額だけを見ると、日本のクラブの評価額は確かに低く感じられます。しかしそれは、市場の成熟が遅れているのではなく、価値観の変革が進行中であることの裏返しです。 スポーツチームのバリュエーションは簿価だけでは計れないものです。ブランド力、ファンコミュニティー、地域への影響力など、無形資産にも明確な価値があります。そしてプロスポーツチームは唯一無二の存在であるため、その価値は一般的な企業の試算と比べても上昇傾向にあります。日本のスポーツチームの本質的価値は着実に上昇しており、今後はよりビジネスロジックと国際的市場原理に基づく取引が増えていくでしょう。
日本型バリュエーションモデルの構築へ
個人的にこの流れの中で最も関心があるのは、「日本におけるクラブ価値の評価をどのように体系化するか」という点です。海外のモデルをそのまま輸入するのではなく、日本の文化・歴史・スポーツが地域にもたらしてきた社会的価値を反映した独自のフレームワークを構築することが不可欠だと感じています。
今まさに日本サッカー界は新しい地平に立っています。この変化をどう設計するか、今後益々注目していきたいと思います。
中村武彦
青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。