ブラックカルチャーを体感しよう!

6月19日は米国の奴隷解放を記念する祝日「ジューンティーンス」。1865年の同日、テキサス州で奴隷として扱われていた人々に自由が告げられたことに由来し、19世紀後半からアフリカ系米国人のあいだで祝われてきた。2021年には米国の新たな祝日に制定。毎年この時期のニューヨークは、パレードやカルチャーイベントが目白押し。この機会にブラックカルチャーに触れてみよう!(取材・文/篠原諄也)


音楽、文学、アートなどの黒人文化の歴史を、旅するように横断して論じた話題の新刊『ブラック・カルチャー』(岩波新書)。アフリカから世界に広がる過程で多文化と混ざり合った「混交性」に目を向けながらも、これまで変わることなく受け継がれてきたアフリカ由来の精神文化に光を当てている。著者で文学研究者の中村隆之さんに、研究を通して見えてきたブラックカルチャーの魅力について話を聞いた。

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─ブラックカルチャーはどのようなものですか。

ブラックカルチャーと聞くと、アフリカ系の文化人、とりわけミュージシャンの音楽やファッションをイメージするかもしれません。今の時代はヒップホップが人気ですよね。時代によってジャズ、ソウル、R&Bなどが台頭してきました。そうしたブラックカルチャーの意識の核を作ったのは、ブラックパワー、つまり公民権運動期の思想・表現だと思います。さらにさかのぼると、数世紀にわたる奴隷制がありました。当時はブラックカルチャーという言葉はありませんでしたが、今にいたる文化の素地はそこで作られました。

北米やカリブ海には主に西アフリカの人々が奴隷として連行されました。奴隷狩りはアフリカ大陸の沿岸部に始まり、内陸部にまで及びました。さまざまな地域から、さまざまな歴史的・文化的背景を持つ人々が売買されました。そこではアフリカ大陸で保持していた文化、宗教、制度など、非常に多くのものが失われてしまいました。だから頭の中で記憶として持ち得たもの、身体が記憶していたリズムが文化の素地となりました。周りの奴隷とされた人々や白人農園主の文化を、自分たちのものとして取り込みながら、混交を遂げていったのです。

─どのように文化が生まれましたか。

奴隷制時代には歌が何気ない会話から生まれました。「奴隷の歌」や「プランテーションの歌」と呼ばれたそれらの歌は、その時の状況や歌い手の心情に合わせて即興的に作られました。例えば、黒人奴隷の中には仕事をするよう追い立てる役がいて、周りから嫌われる存在でした。そういう人を題材にして、一人が不平を言うことで、別の誰かが言葉を付け足す。そのように自然発生的に歌が生まれました。

歌や踊りは人々を団結させる力があります。奴隷主は最初は許容していても、段々と脅威を感じて、禁止するようになりました。そうした状況下では、夜に奴隷主が寝静まって管理する目が届かない時に、人々は歌ったり踊ったりするようになりました。また、民話を語り伝えて、耳を傾けるようなこともしていました。つまり、夜の言葉・夜の音楽として、ひそかに継承されました。

─現代のブラックミュージックにどんな影響を与えましたか。

アフリカ由来のものは、ブラックミュージックに欠かせない要素です。誰かが何かの出来事について歌い出し、他の人々がそれに応答して参加するコール&レスポンスは、今では多くの音楽の中にありますね。これは話し手と聞き手のあいだの会話が歌になっています。あとはドラミングです。物質文化の形成が困難な中、太鼓のような特定の楽器がなくとも、ものを叩くことでリズムを生み出すことができました。一定の規則的なリズムのパターンを変えて不規則なリズムや躍動を生み出すシンコペーションもあります。

ブラックミュージックの大きな特徴は、さまざまなジャンルの音楽に、連続性があることです。『ゴレ島に帰る(邦題:魂の帰郷)』(2007年)というドキュメンタリー映画があります。セネガルの歌手のユッスー・ンドゥールが奴隷制から生まれたジャズをテーマに、世界各地の音楽家とセッションを行います。ンドゥールはニューオーリンズで奏でられるタンバリンやドラムのうちに、故郷と同じリズムを認めます。彼の西アフリカの音楽と、2000年代のミュージシャンが奏でる音楽には、数世紀をまたいで共通性があるというんです。

いろんなものを取り入れても、魂(ソウル)の部分は変わらない。そのアフリカ由来の精神文化を、自分たちの手で受け継いできたことが、ブラックカルチャーの核になっています。


中村隆之(なかむら・たかゆき)

1975年東京都生まれ。早稲田大学法学学術院教授。専門はフランス語圏文学、環大西洋文化研究。プリンスやマイケル・ジャクソンなどの音楽、カリブ海出身のアフリカ系作家の文学をきっかけにブラックカルチャーに関心を抱く。

岩波新書『ブラック・カルチャー 大西洋を旅する声と音』(中村隆之著)

               

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