木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第39回>ドーナツとうどんと抹茶──うれしさとモヤモヤの間で

一時帰国中、東京にある実家の最寄り駅である中目黒駅を出ると、いつも長い行列を目にする。大人気のドーナツ専門店「I’m Donut?」に並ぶ人たちがなす行列だ。

その「I’m Donut?」が、4月にタイムズスクエアにオープンした。ウェブサイトを見てみると、東京にはないビーガンメニューもあり、数々のドーナツ店が軒を連ねるこの街で新しいアイデンティティーが吹き込まれているのを感じる。あまり足が向かないタイムズスクエアだが、中目黒よりはずっと近い。ぜひ日本のビーガンドーナツを試してみたい。

そういえば、数年前に旅行したロンドンでは、安くて美味いで知られる丸亀製麺がいくつか店を構えており、こちらも日本にはないビーガンメニューがあった。新しい土地で新たな形で展開を遂げているのだろう。

しかしながら、約4年前のグランドオープン時には、「着物風」の衣装を着て目隠しをした女性たちが竹馬に乗って練り歩くという、性差別的で文化的に不適切ととれるプロモーションを行なっていたことも同時に思い出した。海を越えて届くのは食だけではない。無自覚なままに、バイアスがかかった文化の再演を運んでしまう可能性もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・
どちらが「本家」なのか、どちらが「最先端」なのか
・・・・・・・・・・・・・・・・

一方で日本では、ニューヨークでは惜しまれつつも消えていったバーニーズニューヨークや「DEAN & DELUCA」が今も愛され続けている。本来は「ニューヨークらしい」ものであったこれらの存在は、今では「日本らしい」と感じるようなエッセンスもまといながら、日本で残っている。「あぁ、ここにはまだあるんだ」──それはほっとする安心感であり、ちくはぐさに感じるぎこちなさでもある。

ニューヨークで暮らして12年。気づけば、帰る場所を二つ持つようになった。東京のトレンドをニューヨークで見つけ、ニューヨークのものが東京で続いているのを見届ける。どちらが「本家」なのか、どちらが「最先端」なのか──そんな問いはもはや野暮なことのように思えてくる。違う土地の間で行き来するのは物理的な存在だけではない。アイデンティティーや記憶もまた、移動したり変化するのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・
品薄状態にある抹茶
・・・・・・・・・・・・・・・・

そんななか、日本の抹茶が品薄状態にあるという報道を見かけた。昨今、ソーシャルメディアでの露出や健康に良いという付加価値が後押しして世界中で需要が急激に増え、そこに気候変動や労働者不足などを理由とした生産上の課題が重なり、供給が追いつかないらしい。日本の抹茶製造者は注文に制限をかけているほどだそうだ。

12年前この街に住み始めた頃には、すでに一般的なカフェでも飲めるほど浸透し始めていたように思う抹茶だが、そんなことになっていたのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・
抹茶の苦い余韻に、はっとする
・・・・・・・・・・・・・・・・

日本にルーツを持つ者として、日本のものがどこか異常なほどに注目を集めている時、あまのじゃくのような気持ちになるのは私だけではないだろう。「賞賛」「愛顧」されることはうれしいのに、「消費」されることにはモヤモヤする。

なにかが文字通り国境を越えて発展する際、文化や倫理を踏まえたあり方を理想として掲げることはできても、その個別の実践に一貫した「正しさ」や「適正さ」を維持するのは容易ではない。私もかつて日本のファッションブランドのニューヨークオフィスで働いていたことがあるので、それは身をもってわかる。

一方で、抹茶──ましてや茶道に深い馴染みがあるわけではなく、ニューヨークのカフェで抹茶ラテをゆったり楽しむ自分もいる。空になった抹茶ラテのカップを片手に味わう、苦味の余韻──舌の上に残るそれは、想像以上に複雑な苦味なのではないか? と、はっとする。

ホームと呼べる二つの場所の間には、うれしさとモヤモヤが行き来する。そういったことを感じる時、もしかしたら立っている場所は実はニューヨークと東京のどちらでもなくて、もっと曖昧な、アイデンティティーと倫理のダイナミクスがなす座標のようなところなのかもしれない。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。

ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

               

バックナンバー

Vol. 1324

年末年始は日本を満喫!

お正月の日本は閉まっている店ばかり…。そんなイメージを覆す、“三が日OKスポット”をご紹介。「食べたい、買いたい、くつろぎたい」せっかくの一時帰国だからこそ、日本らしい時間を存分に楽しみましょう!

Vol. 1323

ホリデーを彩るワインの魔法  ─クリスマス・年末年始・大切な人と集う時、 “美味しい”を超える体験を、ワインと─

ホリデーシーズンは、家族や友人と集まる特別な季節。そんな時間をより豊かにしてくれるのが「ワイン」である。 今回は、ワインのスペシャリスト監修のもと、基礎知識からフードペアリング、ギフト選びまで幅広く紹介。初心者から上級者まで堪能できる、“ホリデーを彩るワイン”の楽しみ方をお届けする。

Vol. 1322

私たち、こんなことやってます!

睡眠時無呼吸症候群の治療に注力する、パーク・アベニュー・メディカル・センターのジェフェリー・アン院長と、保険対応も万全の総合ヘルスケアを提供するE.53ウェルネスの川村浩代さんに話を聞きました。

Vol. 1321

サンクスギビング特集 ニューヨーカーに愛される手作りパイ 〜ケーバーズの舞台裏〜

ウエストビレッジの一角に、どこかノスタルジックな空気をまとったパイ専門店「ケーバーズ」がある。ロングアイランド地区で生まれたこのブランドは、“農場から都会へ” をテーマに、素朴な焼き菓子をニューヨークの街へ届けている。季節のパイはもちろんビスケットサンドなど魅力は尽きない。今回は同店のミシェルさんに、人気の理由やホリデーシーズンの舞台裏について話を聞いた。