<5月の見どこ|
マンハッタン区から地下鉄で約20分。クイーンズ区ジャクソンハイツ地区は、数ブロック歩くだけで、文化も言語もめまぐるしく変化する、多様性の極地のようなエリアだ。かつてニューヨークタイムズは「世界で最も多様な地域の一つ」、BBCは「ニューヨークを体現する街」と評した。本特集ではこのエリアの魅力に迫りたい。
多様性が渦巻く街ジャクソンハイツ クイーンズ区北西部のジャクソンハイツ地区は、ニューヨーク市内でも屈指の多文化エリアとして知られている。人口約16万人にして、なんと160以上の言語が飛び交うこの街は、「世界で最も多様な地域の一つ」とまで評されている。ニューヨーク市長のゾーラン・マムダニは当選直後、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員とともに、ジャクソンハイツ地区のネパール料理店「Laliguras Bistro」で食事をする姿をネットにアップし話題となったが、多国籍のカルチャーが根付くこの街の存在感を示す、象徴的な場面だった。 地下鉄はE、F、M、Rなど複数のラインが通っているが、初めてマンハッタン区から訪れるなら、クイーンズ区を見晴らせる7ラインで向かいたい。電車を降りて街の中心を走るルーズベルトアベニューに足を踏み入れると、その多様さに目眩を覚えるはずだ。少し歩くだけで、インド、バングラデシュ、ネパール、コロンビア、エクアドル、メキシコと、国境を越えるように文化が移り変わる。ベンガル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、スペイン語などが飛び交っている。チベット系の携帯修理店やコロンビアのベーカリー、ネパール料理店、メキシコの屋台が軒を連ね、香辛料や焼き菓子の香りが混ざり合い、蒸気を上げるタマレスや揚げたてのエンパナーダ、スパイスの効いたカレーやモモが並ぶ。ストリート全体が「世界の台所」とでも呼ぶべき活気に満ちている。 この雑然として混沌とした街の成り立ちは、現在の姿から見れば意外に思えるかもしれない。元々は広大な湿地帯だったこのエリアは、20世紀初頭、マンハッタン区から地下鉄で通える郊外型住宅地として開発され、当初は白人中流階級向けの計画的コミュニティーだった。しかし、第二次世界大戦後、1965年の移民法改正の人種差別による制限撤廃を契機に、ラテンアメリカや南アジアを中心とした移民が流入し、それぞれが生活基盤を築きながら、母国の文化を持ち寄って新たなコミュニティーを形成してきた。その結果、異なる文化が混ざり合う都市空間が生まれた。 この街はLGBTQコミュニティーの重要な拠点としても知られる。1990年に性的指向への偏見を背景としたヘイトクライムが発生して以来、地域の結束が強まり、現在ではクイーンズ区最大級のプライドパレードが開催されるまでになった。宗教的に保守的なコミュニティーが存在しながらも、多様な価値観が共存している点も、この街の特徴だと言えるだろう。一方、近年はジェントリフィケーションの波も押し寄せていて、家賃の上昇や再開発によって各々のコミュニティーの存続が懸念されている点も指摘が必要だ。 ジャクソンハイツ地区には、書類や信用履歴が十分でない新規移民でも、何とか生活を始めることができる柔軟さがある。ルーズベルトアベニューには送金サービスや生活支援の店舗が並び、異国での暮らしを支える仕組みが自然と形成されている。ここは多くの人にとって、米国生活の第一歩を踏み出す場所でもあるのだ。 ニューヨークの観光名所として名前が挙がることは、多くないかもしれない。日本のガイドブックでも大きく取り上げられることは少ないだろう。しかし、ニューヨークらしさ、つまり多様性・混沌・エネルギー、そのすべてを最もリアルに感じられるのが、このジャクソンハイツ地区なのだ。



