アメリカでの健康と医療

第34回 スペシャルニーズの療育支援「親が頑張りすぎないで!」ー制度に頼るという選択

在米日本人の健康と医療をサポートする「FLAT・ふらっと」がお届けする連載。アメリカで健康な生活を送るために役立つ情報を発信します。


重度の障がいを持つ娘と共に

みなさん、こんにちは。在米日本人の医療と健康を支えるコミュニティー「FLAT・ふらっと」で、スペシャルニーズの療育支援を担当している倉本美香です。2003年にニューヨークで誕生した長女には、両眼性無眼球症と、知的障がいを含む重度の重複障がいがあります。娘の子育てで、いちばん辛かったこと。それは、当時の米国で、同じ悩みを抱える親御さんに、なかなか出会えなかったことでした。「頑張らなきゃ」。気がつくと、いつもそう思っていました。特別なニーズのある子供を育てていると、親は自然と「強くなること」を求められます。泣かないこと。弱音を吐かないこと。迷わないこと。そして、誰にも頼らずに立ち続けること。療育の情報を探し、病院に通い、学校と話し合い、子供の将来を考えながら、今日をなんとか乗り切る毎日。「私が頑張らなければ、この子は守れない」。そんな思いが、知らず知らずのうちに、自分自身を追い詰めていました。けれど、米国で療育と向き合うなかで、私はある考え方に出会います。それは「親が、すべてを背負わなくてもいい」ということ。

療育支援制度の利用

米国の療育支援は、個々の善意や特別な配慮によるものではなく、法律に基づいた公的制度として提供されています。代表的なものに、就学児を対象としたIEP(Individualized Education Program)があります。これは、障がいのある子供一人ひとりに対し、必要な教育・療育・支援を多職種チームで話し合い、学校が責任をもって実施する仕組みです。米国で娘の療育を受け始めた当初、私は正直、戸惑いの連続でした。学校、セラピスト、カウンセラー、ソーシャルワーカー。こんなにも多くの大人が、ひとりの子供のために集まることに、どこか落ち着かない気持ちがあったのです。「ここまで手厚くしてもらっていいのだろうか」「私がもっと頑張れば、必要ないのではないか」そんな思いが、心のどこかにありました。IEPミーティングで、専門家たちが当たり前のように言いました。「この支援は、あなたの娘さんの権利です」。その言葉を聞いたとき、私ははっとしました。それは「配慮」でも「好意」でもなく、制度として、社会が担う役割なのだと、初めて理解した瞬間でした。

支援を受けるのは子供本人の権利

それでもしばらくの間、私は「親として、何かしていなければ」という気持ちを手放せずにいました。療育の時間、廊下でただ待っている自分に、どこか後ろめたさを感じていたのです。けれど、少しずつ気づいていきました。私が前に出すぎないとき、娘は案外、落ち着いてその場に身を委ねていること。専門家と向き合うことで、彼女自身のペースが、きちんと守られていること。私が「頑張る母親」でいることをやめたとき、娘は初めて、「娘自身の世界」を持てるようになったのかもしれません。

米国では、支援を「お願いするもの」ではなく、子供本人の権利として受け取るという考え方が、制度設計の前提にあります。そのため、保護者がすべてを背負い込むことを前提としない支援体制が整えられています。制度を使うということは、親が楽をするためだけのものではありません。それは、子供を社会全体で育てていく、という意思表示なのだと思います。

「一緒に育てる」社会

FLAT・ふらっとでは、「ひとりで抱えなくていい」という前提のもと、こうした制度の仕組みや考え方を、在米日本人のご家族に日本語で、安心して共有できることを大切にしています。親が孤立せず、支援者と対立せず、「一緒に育てる」関係を築くための橋渡しが、私たちの役割だと考えています。完璧な親でなくていい。頑張りすぎなくていい。そのことを、そっと確認できる場所でありたいのです。制度を知り、制度を使い、人に頼る。それもまた大切な療育の一部なのだと、私は自分自身の経験から感じています。親が制度を知ることは、専門家になることでも、強くなることでもありません。ただ、選択肢を持つということです。知らなければ、すべてを自分で抱え込んでしまう。けれど、知っていれば、「いまは頼っていい」「ここは任せていい」と、一歩引くことができるようになります。その一歩の余白が、親の心を守り、結果として、子供の安心につながっていくのだと、私は感じています。

 

FLATスペシャルニーズの療育支援部門では、不定期ウェビナーを開催しております。ぜひご覧ください。

倉本美香 FLAT・ふらっと理事

重複障害を持つ長女を含め二男二女を育てるワーキングマザー。世の中で埋もれている「助けて」の声を拾い上げる一般社団法人「TruBlue」理事も兼任。著書に『未完の贈り物』(産経新聞出版)、『生まれてくれてありがとう』(小学館)がある。


●サポートミーティング情報●

乳がん、婦人科がん、その他のがん、転移がん、自己免疫疾患患者さんのためのサポートミーティング、シニアカフェなどをオンラインで定期開催中。参加費は無料。

スケジュールや詳細は、FLATのウェブサイトをご参照ください。この他にも、一般の方にもご参加いただけるウェビナーなども実施しています。

 

 

 

 


「FL AT・ふらっと」は、がん患者や慢性疾患、高齢者、特別支援が必要な子どもを持つ保護者、介護者など、在米日本人の健康を、広い範囲でサポートする団体です。

Website: www.flatjp.org

Email: contact@flatjp.org

               

バックナンバー

Vol. 1332

祝祭と日常が交差する街 チャイナタウンの現在地

春節・旧正月(2月17日〜)の時期は、チャイナタウンは赤い飾りに彩られ、獅子舞や爆竹とともに新年を盛大に祝う。本特集では、このシーズンのチャイナタウンの見どころを紹介するとともに、この街に生きる人々の姿に目を向けてみたい。

Vol. 1330

新世代グラフィックノベル

ニューヨークの書店で見かけることも多い、大人向けの長編ビジュアルコミック「グラフィックノベル」。その世界の最前線で活動する作家たちの言葉を通して、グラフィックノベルがいま何を問い、どのように読者と向き合っているのかを見つめていきたい。