プロスポーツから見る経営学

第107回 強化部の役割

プロチームが勝ち続けるためには?

プロスポーツチームには「強化部」という部署が存在します。一般的には「勝つための部署」と理解されがちですが、実際の役割はそれほど単純ではありません。強化部の使命は「必ず勝つ」ことではなく、「勝つ確率を継続的に高める」ことにあります。この違いを正しく理解しないと、チームの強化戦略を誤り、短期的な成功と長期的な成長のどちらも失うことになりかねません。

二つの異なる時間軸で動くチーム

プロチームの目標には、常に二つの時間軸があります。一つは短期目標。今週末の試合で勝つこと、今シーズン優勝すること、という具体的で即時性の高い成果です。これはファンの期待、スポンサーの満足度、そしてチームの士気に直結するため、現場は常にプレッシャーと隣り合わせです。もう一つは長期目標。数年にわたり戦力を落とさず、継続的に「強いチーム」であり続けることです。そのためには育成、スカウティング、補強戦略、データ分析、契約設計といった複数の要素を総合的にマネジメントする必要があります。短期の結果に一喜一憂するだけでは、組織としての「再現性」も「発展性」も失われてしまいます。この二つの目標は補完し合う関係にありますが、時に矛盾することもあります。例えば、目の前の勝利を優先してベテラン選手を酷使すれば、将来的な戦力低下を招きます。逆に、若手育成に重点を置きすぎれば、今季の成績が犠牲になる可能性があります。この短期と長期のバランスをいかに取るかが、強化部に求められる最も重要なマネジメント力です。

勝つ確率を高める

スポーツには常に「運」が介在します。どれだけ分析を重ね、最善を尽くしても、試合は想定外の要素で動きます。だからこそ、勝敗という結果だけで選手や監督、あるいは組織を評価することは危険です。例えば、監督の采配が的確でも、わずかな判定や天候、相手のコンディションによって負けることがあります。逆に、運良く勝ったとしても、それが持続的な勝利の再現性を示すわけではありません。本当に大切なのは、「勝つこと」ではなく「勝つ確率を高めること」。これはデータ分析、戦術設計、育成方針、補強戦略などを科学的に整えることを意味します。そしてその全体像を俯瞰し、組織としての整合性を保つ役割を担うのが「強化部」であり、その責任者が「ゼネラルマネージャー(GM)」です。

チームの哲学のデザインが強化部の仕事

強化部の本質は「選手を集めること」でも「監督を選ぶこと」でもありません。その根幹にあるのはチームとしての〝方針〞や〝哲学〞を設計することです。どんなスタイルで勝ちたいのか、どんな選手を育てたいのか、何を重視してスカウティングを行うのか――こうした問いに一貫した答えを持つことこそ、強化部の最大の使命です。単なる戦力の足し算ではなく、「どんなチームでありたいか」というビジョンを形づくる仕事なのです。その設計が明確であれば、一時的に負けが込んでも、軸を失わずに立て直すことができます。

ヤンキースに見る「短期」と「長期」のせめぎ合い

MLBニューヨーク・ヤンキースの例は、この構造を理解する上で非常に示唆的です。名門でありながら、2009年以来ワールドシリーズ制覇から遠ざかっている同チームでは、ブライアン・キャッシュマンGMとアーロン・ブーン監督の間で意見の相違が報じられました。監督は「ヤンキースは試合中の分析力が低い」と発言し、キャッシュマンGMは「真実ではない」と反論。表面的には内紛のように見えますが、実際には「短期的采配」と「長期的チーム構築」の視点の違いと捉えることができます。監督は現場の最前線に立ち、その瞬間の勝利を最優先に動きます。一方でGMは、チーム全体の持続的成長を見据え、長期的な戦力維持や予算配分、育成方針を管理します。両者の間に摩擦が生じるのは当然とも言えるのです。ヤンキースは確かに近年タイトルから遠ざかっています。しかし、継続的にプレーオフ争いを続けられていること自体が、強化部の機能が生きている証拠とも言えます。

短期的な優勝は結果、長期的な競争力は構造

キャッシュマンGMが守ってきたのは、この構造の持続性です。今後、彼がどのようにしてこの「勝つ確率の仕組み」を再設計し、再び頂点を目指すのか。その過程はスポーツ経営に携わる者にとって非常に興味深いケーススタディになるでしょう。

強化部とは、勝敗の〝意味〞を設計する部署です。短期的な結果だけでチームの価値を判断してしまうと、組織は不安定になります。しかし、「勝つ確率を高め続ける」という哲学が根付けば、チームは長期的な安定と発展を両立できるのです。これは企業経営や教育にも通じます。成果だけを追うのではなく、再現性ある仕組みをどう築くか。その視点こそが、勝ち続けるための最も本質的な戦略なのです。

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

               

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