食ビジネス古今東西

第17回 二刀流を超えた多刀流原材料「トレハ」

当コラムでは、食ビジネス戦略のスペシャリスト、釣島健太郎が米国食ビジネスを現在、過去とさまざまな観点から検証。その先の未来へのヒントやきっかけを提示していく。


アメリカに住む我々にとって日本に一時帰国した際の楽しみは色々とあるだろう。温泉、地方旅行、食。その中でも日本のスイーツが楽しみの一つ、という方々は多いのではないだろうか。甘党の私もその一人である。

日本のデパ地下には綺麗で洗練されたスイーツが所狭しと並んでおり、そこにあるスイーツ全てを買い占めたいと思ってしまう。デパ地下でなくてもコンビニ等のスイーツもそれなりに綺麗で洗練されており、選ぶのに時間がかかってしまう。一方アメリカのスーパーに並んでいるスイーツは色がどぎついものが多かったり、どこか色が褪せて見えるものがあったりもする。味もストレートに甘い商品が多く、日本のスイーツのようなふんわりとしたバランスの良い甘さが感じられない事も多い。

アメリカでも最近ではスイーツ専門店が増え、日本のようにきれいで洗練されたスイーツが見られるようになったが、まだ一部で限定的である。これは単純にスイーツに対するこだわりや美的感覚が日本人の方が優れているからなのか。日本とアメリカのスイーツの違いの一つには日本で初めて大量生産に成功した原材料の存在がある。その原材料を追ってみたい。

品質に新たな効果をもたらしたバイオ企業

日本で大量生産に成功した原材料、それは「トレハロース」である。トレハロースは自然界に存在する糖の一つで、1832年にはその存在を知られていたが、料理や食に使用されるには至らなかった。それを変えたのが岡山県のバイオ企業、林原。1990年初頭にデンプンからトレハロースを生成する酵素を発見し、自然に、大量にトレハロースを生産出来るようになった。「トレハ」として製品化し、このトレハは日本国内における日本食やスイーツ全般の品質において新たな効果をもたらした。(トレハは林原のトレハロースの商品名で、ここからはトレハとして記載する)

トレハがもたらした効果を幾つか上げてみよう。日本のスイーツが綺麗に美味しく見える、と冒頭に記載したがその一つの理由として、トレハが上げられる。

トレハにはスイーツの中のデンプンを老いさせず、タンパク質を柔軟に保ち、保水力を保つ効果がある。日本のスイーツの多くにはトレハが使用されており、出来立てに近い艶、保湿感等を長く保つ事が可能である。通常の砂糖にトレハロースを一部混ぜて使うのが一般的である。

甘味においてはトレハは通常の砂糖の38%程度の甘さである。トレハは糖なので一般的には甘さを目的に使うが、他の砂糖と比べて「甘さ控えめ」の味わいを実現する事が出来る。日本のスイーツの多くにはトレハが使用されており、バランスの良い甘さを表現している一つの要因と言える。

甘さだけではない他にもある魅力

スイーツだけでなく、通常の食品でもトレハは多く使用されている。例えばお寿司。スーパーやテイクアウトの寿司にトレハは効果大である。主な目的はすし飯のデンプンの老化を防ぐため。トレハを使う事で、すし飯がもちもちとした食感を長時間保つ。お米以外にも麺類、冷凍食品等日本の様々な食材にトレハは品質保持の観点から使用されている。食品だけでなく、化粧水や美容品の保存効果もあり、コスメ商品にも多く使用されている。日本の商品の裏ラベルを見るとトレハが様々な商品に使用されている事に驚くだろう。日本のスイーツ、食に魅力があるのは、日本人のこだわりや美的感覚だけではなく、このような科学的な根拠があるのである。

トレハは単なる糖を超え、万能型、多刀流糖分なのである。このトレハ、現在アメリカでも販売が開始されており、拡販が期待されている。

アメリカ発の和的スイーツと言えば餅アイスクリームだが、餅アイスクリームの餅の凝固を遅らせる為に使用が開始されている(井村屋餅アイスクリーム)。その他、カナダを中心に展開するテイクアウト寿司店「Bento Sushi」でも一部使用が始まっている。値段は通常の糖より高くなってしまうが、皆様のレストランやお店でも是非試して頂き、食の新たな一ページを開いて頂ければと思う。

 

 

 

 

 

釣島健太郎
Canvas Creative Group代表

食ビジネスを中心とした戦略コンサルティング会社Canvas Creative Group社長。
「食ビジネスの新たな未来を創造する」をコンセプトに、現在日本からの食材・酒類新事業立ち上げ、現地企業に対しては、新規チャネル構築・プロモーションから、貿易フローや流通プロセスの最適化、物流拠点拡張プランニングまで、幅広くプロジェクトを手掛ける。
canvas-cg.com

 

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