レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Chariots of Fire

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


80年代の初め、高校生の僕は当時まだくすぶっていたアイビールックに凝っていた(きゃあ、恥ずかしい)。オックスフォードのボタンダウンシャツ、シングルブレスト三つボタンのブレザー、プレーンノットで結ぶ細めのレジメンタルタイ、グレイフラノのパンツにペニーローファー。

家が忙しい自営業だったので弁当ではなく昼食代にもらっていた現金を、昼食を抜いて少しずつファッションや映画に回していた。なので、今でもNHKのアナウンサーがイタリアのジゴロのようなスーツにワイドスプレッドのシャツ、タイはゆるフン、ジャニーズの若手アイドルみたいな髪型でニュースを読んでいるのを見ると張り倒してやりたくなる。ニューヨークに来てケータリングの仕事で「ブルックス・ブラザーズ」の社内パーティーでバーテンダーをした時は、ちょっと感慨深いものがあった。

そんなわけでイギリスの伝統大学を舞台にした映画はそのファッションに見惚れて何度も観に行った。「アナザー・カントリー」でルパート・エベレットが着ていた薄いグレーに桜色の縁取りのついたブレザーがどうしても欲しかったが、そんなものは80年代の名古屋にはどこにも売っていない。古着のブレザーを買って友達の母親にお願いしてピンクの縁取りをミシンで縫い付けてもらったりしていた。今回紹介する映画にはそんな時代の甘酸っぱい想い出がいっぱいに詰まっている。

 

 

栄光と勇気のはざま

この映画は20世紀初頭の権威主義的排他的なイギリス社会の伝統校ケンブリッジ大学で、差別と偏見に悩みながらも走ることで真のイギリス人になろうとするユダヤ人のハロルドと、スコットランドの牧師の家に生まれ神の信仰のために走るエリックの2人のライバルが、イギリス代表として1924年のパリオリンピックに出場して戦うまでの友情の物語だ。

エリックは100メートル走のメダル候補として有力視されていながら、予選がキリスト教の休息日であるため自らの信仰を信じるために日曜日に走ることを拒否する。自身の栄光への希求と信仰に基づいた道徳心とのはざまに悩みながらも、オリンピックで勝利を目指すというこの映画の題材は、今まさに日本人が見るべき映画ではないだろうか。

誰もが知っているボクシングのヘビー級王者、モハメッド・アリはベトナム戦争への兵役を拒否したために王者の資格を剥奪され激しい批判に曝された。それでも彼は裕福な白人の若者が大学に進学し、貧困層の多くの黒人はベトナムに送られていく社会システムに抵抗し続けた。そして批判に耐え続けた3年と7カ月後、自らの手でヘビー級王者の座を再び勝ち獲った。そして永久に伝説となった。

この映画の主人公のように高みを目指して生きている人間の誰もが、自身の曲げられない軸と目の前の栄光との葛藤を経験している。僕自身もキャリアアップにつながる映画の仕事を、舞台公演の約束のために断らなければいけなかった経験は一度ではない。表舞台に立たない多くの人間が経験している事なのだ。池江璃花子だけではない。

日本がそして世界中がウイルスとの戦いで疲弊しているこの時に、ウイルスの変異種が世界中のどこまで広がるのか検討もつかないこの時に、自国民が経済的困窮に悲鳴を上げているこの時に、重労働を強いられてきた医療従事者たちが自国民が入院できずに死んでしまう環境の中、オリンピック関係者のために病床を確保せよと迫る政府の方針に反対の意思を明確に示しているこの時に、オリンピックを東京で開催することが本当に栄光なのか? それは誰のための勝利なのか?

今こそこの映画を多くの人に見てもらい考えてほしいと願う。

 

 

 

今週の1本
Chariots of Fire
(邦題: 炎のランナー)

公開: 1981年
監督: ヒュー・ハドソン
音楽: バンゲリス
出演: ベン・クロス、イアン・チャールソン
配信: Google Play、Apple TV他
1924年のパリ五輪での実話を映画化、アカデミー賞4部門受賞した作品。
ユダヤ人のハロルドと宣教師の息子エリックが五輪で優勝するまでを描く。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

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