巻頭特集

【今週の巻頭特集】祝祭と日常が交差する街ーチャイナタウンの現在地

チャイナタウン

いくつもの人生が交差する街

マンハッタンのチャイナタウンは、中国語の看板が連なる通りに、食材や雑貨が所狭しと並び、人々の声が絶え間なく飛び交う。そんな街を生きる人々を活写した写真集が『CHINATOWN 32 SEQUENCES/唐人街三十二像』。ただし本書は、チャイナタウンをひとつのわかりやすい物語やイメージに回収するわけではない。むしろそれぞれの人生の断片がそのままの形で詰まっている。

写真集に登場するのは、32人の人物。路上マジシャン、僧侶、風水師、武術家、美容師、仲人など、様々な形でこの街とかかわる人々の物語と写真が掲載される。例えば、路上マジシャンの章。アイルランド人の父と香港人の母を持つマラキーは、高齢者の詐欺被害を防ぐ仕事に就きながら、プロのマジシャンになることを夢見ている。しかし路上でマジックを披露しても、道ゆく人は足を止めない。いつもわずかなチップが手元に残るだけだ。それでも彼がマジックに執着する背景には、幼い頃に離れ離れとなって後に自死した父の影があった。また、結婚相手の紹介をする仲人の女性三人に取材した章。60年代に広東省から移住し、伝統的な婚礼衣装を縫い続けてきた83歳のタンおばさん。金融エリートから古代中国の知恵を生かす仲人となったカサンディ。マンハッタン橋下の小さな店で移民労働者の縁を結ぶ、福建省出身の女性。一言に仲人といっても、そのあり方は三者三様だ。

こうした断片は誰かの決定的瞬間を捉えたカットではない。途中で切り取られた動作、視線の外れた表情、後ろから撮影された身体、そんな完結しないイメージが多くを占めている。しかしだからこそ、複数の切実な人生が現在進行形で生起する場所として、この街が立ち上がってくる。一人の個人が生きて働き、喜び楽しんでは、迷い逡巡しているということが、生々しく伝わってくるのだ。

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写真集『CHINATOWN 32 SEQUENCES』をはじめ、マンハッタンのチャイナタウンを生きる人々を記録した作品を発表する王夢渓氏に話を聞いた。

私は中国北部で育ちましたが、2013年に日本に渡りました。東京でジャーナリズムを学んだ後、テレビ局で報道記者として数年間働きました。日本は漢字が使われていて、中国と近い文化圏ですよね。でも中国人として生きることには難しさもありました。日本社会では日本の文化が強くて、日本人に似せて振る舞わないといけない空気があります。無意識のうちに日本の文化に適応しようとしていました。一方、22年にニューヨークに留学で来た時、チャイナタウンは異文化にリスペクトがある街だと感じました。例えば、発音にアクセントがあっても個性だと受け止められます。さらに、チャイナタウンの人々は文化的なルーツに誇りを持っていて、心を打たれました。「私は中国人です」と言える誇りを、この街で初めて持つことができました。

実は2020年に旅行で初めてチャイナタウンを訪れた時は「こんなに汚い街なのか」と思ってしまったんです。例えば、一番歴史の古いドイヤーズストリートには理髪店が集まっていますが、その空調設備から出ている温かい風の人工的な匂いが鼻に残りました。でも、22年に留学で来た時に、意識が変わりました。チャイナタウンは食べ物が美味しいので、いつも学校帰りに通っていたんです。そのうちに、理髪店から出てくる温かい風と広東料理の匂いが混ざって、だんだん自分の昔の記憶と結びつきました。現代の中国は急速に都市化が進んでいますが、チャイナタウンはどこか自分が子供だった頃の中国を思わせる。モットストリートを歩くと、20~30年前の小さな町に迷い込んだような感覚になります。当時を思い出して、涙が出たこともありました。初めて「ホームタウン」という言葉の重さが分かりました。この街には長い海外生活の中で失われてしまった自分自身の一部を、見つけ出す手がかりがあるのではないかと思ったんです。チャイナタウンで生きる人々を見ていると「なぜ、ニューヨークに移住したのだろう」「なぜ、ここに残っているのだろう」と知りたくなりました。そのためには、実際に話してみるしかありませんでした。でも、最初は撮影や取材を断られることも多かった。広東語を話せない自分は、同じ中国人であっても、外部の人間のような存在です。だからまずはこの街で時間を過ごすことから始めました。毎日のように通ってご飯を食べてコーヒーを飲んでいました。そして少しずつ、街の人々と知り合いました。

「この街を象徴する人々を取材する」という手法は取っていません。私が気になったのは、この街で生きる一人ひとりの個人だったからです。そこで実験的なルールを作りました。制作期間の数ヶ月で出会った人を全て記録することです。最初に人数を決めたわけではなく、結果として32人になりました。私的な視点で、自分が出会った順番で、物語を集めました。また、写真は綺麗なポートレートを撮ろうとはしていません。大事なのはチャイナタウンの人々の日常の物語を残すことだからです。写真でも文章でも、その人の生き方が伝わればいいと考えました。現代の中国では政治的な事情や経済的な発展がある中で、人間の自然な生き方ができなくなっているように感じます。一方でチャイナタウンには、経済的に豊かでなくても、自分らしく生きようとしている人たちがいます。そんな中国人の人間性が今でも根強く残っている。だからこの街はとても大事なんです。

 

王夢渓 WANG MENGXI

映像作家/フォトグラファー/ライター

ニューヨークと東京を拠点に活動。テレビ局の報道記者として6年間勤務する中 で、日常の中に織り込まれた一人ひとりのストーリーに関心を抱く。ニューヨークへの 映画留学をきっかけに、チャイナタウンの移民の暮らしや場所の記憶をテーマに映 像制作や撮影を行う。

               

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