レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Love, Brooklyn

映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。


1991年にニューヨークに渡ってから13年間マンハッタンに住んだ。朝から夕方までダンスに歌に演技の勉強をしてから夜は8時間レストランで働くという生活を休みなく続けていた20代と30代前半だった僕にはマンハッタンの時間の流れが合っていたのだと思う。少しずつ舞台や映画の仕事が取れるようになり、結婚したらヘルズキッチンのスタジオアパートが一気に手狭になったので思い切ってブルックリンに引っ越した。マンハッタンには世界中から人を魅き寄せる魔法の磁力のようなものがあるというが、ブルックリンにはその磁力が心地よく緩む魔法のようなものがある。今でもほぼ毎日マンハッタンに仕事で出かけるが、一日の仕事を終えてイーストリバーを渡ると時間の流れがスーッとゆっくりになっていくような感覚がある。僕の住んでいるアパートはブルックリンのイーストリバー沿いなのでマンハッタンの摩天楼が川を越えてすぐそこに見えるのに全く違う空気感なのだ。ブルックリンの素敵なところは喧騒からの絶妙な距離感にある。夏の週末の夜、窓を開けて静かに座っているとコオロギの涼しげな鳴き声に混じって近所のバーやレストランや裏庭のホームパーティーでの人々が楽しそうに語らう笑い声が微かにだが必ず聴こえてくる。それが耳を澄ませないと聴こえてこないぐらいの絶妙な距離なのだ。そして耳がその微かな音に慣れてくると家から約1キロほどの高速道路278号線と495号線を走る車の音、緊急車両のサイレン、ロングアイランド鉄道の汽笛やイーストリバーを航行する大型船の汽笛なども聴こえてくる。静けさに包まれているのに自分は街に住んでいて人々の営みに囲まれていることが肌感覚で感じとることができるのだ。バーボンのオンザロックを片手に「ブルックリンを聴く」のは僕の夏の週末の夜の楽しみになった。窓際に座って音楽もかけずにじっと座って耳を澄ませている僕にティーンエージャーの娘は「ダディー、何やっているの?」と聞いてくる。「ブルックリンを聴いているんだよ」と答えると不思議な顔をして去っていく。彼女にもいつか僕のやっていることが理解できる日が来るだろう。今回はそんなブルックリンへの愛がいっぱいに詰まったラブストーリーを紹介しよう。

大人の恋の旋律

ブルックリンに住むライターのロジャーはギャラリーオーナーの元彼女・ケイシーとのカジュアルな関係が続いている。週に一度レストランで食事をして、ギャラリーでデートを楽しみ、ほぼ毎日連絡を取り合って都会で暮らす淋しさの隙間を満たし合っている。そしてロジャーは一人娘を育てるシングルマザーのニコールとも付き合いだして少しずつ関係が深くなっていく。お互いに関係を終えることができないロジャーとケイシー、ニコールは娘を育てる責任感からロジャーとのカジュアルな三角関係に踏み込むことができない。ブラウンストーンの大きな窓、小さなカフェやバー、プロスペクトパークの緑を背景に都会の大人の恋の旋律がブルックリンの喧騒のように切なく聴こえてくる。日本にいた頃、僕にも離れてはまた惹かれ合うのを繰り返す彼女がいた。喧嘩別れをして悲しみにくれて半年もすると誕生日に彼女から花が送られてきたりする。電話をして会いにいくとまた激しく惹かれ合うようなことを3年以上繰り返した。人生に強い影響を与えてくれた人が僕にはたくさんいる。しかし僕の人生を今でも生きるに値するものだと思わせてくれているのは、今まで惹かれ合った全ての女性たちとの思い出の数々なのだ。

今週の1本

Love, Brooklyn

監督:レイチェル・アビゲール・ホルダー
脚本:ポール・ジマーマン
音楽:ジョエル・P・ウェスト
主演:アンドレ・ホランド、ニコール・べハリー

「どれだけ望んでも、街が変わっていく事は止められないんだ」

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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