レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Angel-A(邦題:アンジェラ)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


パリ五輪の開会式は素晴らしかった。雨の降るセーヌ川沿いで、レディー・ガガが歌い、首なしマリー・アントワネットがメタルバンドと踊り狂い、エッフェル塔の上からセリーヌ・ディオンが『愛の讃歌』を熱唱する。パリには一度も行ったことはないが、この美しい街へ生きているうちに必ず訪れようと固く決心させた。パリ五輪を祝して前回に続き今回もパリの街が美しく映える映画を紹介しよう。

今回は、モノクロのパリの映像だ。モノクロ映像で見ると美しく輝きを増す街がある。ニューヨークもそんな街の一つだ。石畳の裏通り、アレクサンドル三世橋、遠くにキラキラと輝くエッフェル塔、どの映像を切り取ってもため息が出るほど美しい。僕はヨーロッパへは仕事でアテネに3日間滞在したことがあるだけだ。アテネも住んでいる人達の街に対する誇りを街中に感じた。地下鉄の駅構内になんの違和感もなく、古代の遺跡の像が置かれている。腕をへし折ったり、阪神が優勝したからと川に投げ込んだりする人間が一人もいないようだ。そして驚いたのが、大都会の真ん中の街を見下ろす一等地の丘の上にパルテノン宮殿がそびえ建っていて、街のどの場所からも宮殿を見上げることができた。これがニューヨークならば、同じ場所でドナルド・トランプに金色のケバいホテルを建てられていただろう。

ヨーロッパの街はどの街もアイデンティティーに誇りを持っているように見える。だからと言って移民や難民を受け入れないといったことはしない(もちろん反対する住民も大勢いる)。地続きの大陸の中で別々の個性の文化や言語が生まれ、血に濡れた憎しみ合いの過去がありながらも、今では共存して生きていこうという努力を重ねている。島国生まれの僕にとっては憧れのヨーロッパである。

自分を愛する

賭け事がやめられず何をやっても失敗ばかりのアンドレは、今日も返すアテのない借金の取り立てでチンピラから袋叩きの目に遭っている。今夜中に金を返せなければ命はない。警察も助けてくれない中、ついにアレクサンドル三世橋からセーヌ川へ飛び込もうと決心する。するとすぐ隣に同じように飛び込もうとしていた美しい女性が先を越して飛び込んだ。驚いたアンドレは後を追ってセーヌ川に飛び込み条件反射で彼女を助けてしまう。背が高く誰もが振り返るほど美しいこの女性はアンジェラと名乗り、彼の行く先々について行きはじめる。そして、美しいアンジェラに魅了されたギャングのボスはアンドレの借金を無効にし、街の男達は次々にアンドレに金を落としていく。ようやく人生のツキが回ってきたアンドレ。しかしアンジェラはいったい何者なのか? そして彼女の本当の目的は?

『レオン』や『ニキータ』などの深い感情に触れるアクション映画の数々で日本でも絶大な人気を誇るフランス映画のスーパースター監督、リュック・ベッソンの作品の中でもあまり語られない隠れた名作と言える。映像美にたけ、ドラマチックなカメラワークを自在に使い、感情を揺さぶるストーリーを作れる監督があえて得意のアクションを使わずにモノクロでじっくりとパリの美しい風景と、人間像を描く映画は見るものをとてもリッチな気持ちにさせてくれる。そして外見がどうであろうと失敗ばかりの人生であっても、決して自分を愛することを忘れてはいけないという深く温かいメッセージをこの映画は伝えてくれる。ベッソン監督ファンだけではなく、あなたの心を温かく包む必見の作品です。Félicitations pour les Jeux olympiques de Paris

 

今週の1本

Angel-A(邦題:アンジェラ)

公開:2005年
監督:リュック・ベッソン
音楽:アンニャ・ガルバレク
出演:ジャメル・ドゥブーズ、リー・ラスムッセン
配信:tubi

賭け事がやめられず失敗ばかりの人生を悔やみアンドレはセーヌ川に飛び込もうとするが…

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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