MLBの現場より

前田健太が帰国を決意 これまでの取材、そして別れ

野球の本場・米国で活躍する日本人メジャーリーガー。取材現場で感じた選手の“今”の思いや状況を深掘りするコラム。


思い入れのある選手が帰国した。米国球界で10年を過ごした前田健太(37)だ。来季からは、東北楽天イーグルスでプレーする。仙台が新たなホームタウンだ。

 出会いは、前田が21歳の秋だった。私は、サンケイスポーツの広島駐在の記者として赴任。秋季練習の行われる広島・大野練習場で挨拶した。名刺を渡すと「初めまして、前田健太です」と応じてくれた光景は今も覚えている。まだあどけなさの残る顔立ち。若手有望株の投手だった。

 2010年は、フルシーズンで広島カープを取材した。この年、前田は初めて開幕投手を務めた。最多勝(15勝)、最多奪三振(174)、最優秀防御率(2・21)の投手三冠を獲得するなど大ブレーク。一気に球界を代表するピッチャーに駆け上がった。さらに最優秀バッテリー賞、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀投手、投手最高名誉の沢村賞の合計8冠に輝いた。

 ニューヨークの自宅に保管する大切な物がある。当時、前田が作った「8冠記念ネクタイ」だ。ファンへのグッズとして作成したものだが、オフのとある日、私を含む広島カープの担当記者たちにプレゼントしてくれた(写真)。当時、前田にとって私は一緒に食事にいくとか、特に親しい仲ではなかった。取材者としてなんとか球団のエースに取材者として、食い込もうと躍起になる一人の記者に過ぎなかった。私の広島駐在は2年間で終わり、その後は別球団の担当記者として、広島カープ戦では、顔見せに行き、挨拶を交わす程度だった。それでも球場で会えば、変わらず笑顔で「お疲れさまです」と声をかけてくれるなど律義だった。縁あって渡米したタイミングは同じ2016年。再び、日常的にマエケンを取材する機会に恵まれた。10年間、継続的に前田を取材できたことは記者キャリアでかけがえのない経験であり、財産だ。メジャー1年目からコラム取材を担当し、不定期で連載した。

 

2016年、ドジャース時代の前田を取材するシーン

 

日本に帰る決断

ワールドシリーズ制覇には届かなかったが、トレード移籍、FA移籍、戦力外通告、マイナー生活、復活までのプロセス、そして日本球界復帰への決意まで多くを近くで取材させてもらった。そして、日本へ帰る決断を聞いたのは、8月にペンシルベニア州リーハイバレー(フィリーズ傘下3A)を訪れた時だった。個別に取材時間をもらうために朝食をともにした。話の流れで、「来年は日本に帰ります」と告げられた。予想はついていたが、残念なような、さびしい気持ちになった。もちろん、今後を応援する気持ちにもなった。

 今季、残念ながらメジャーで再びプレーすることは叶わなかった。9月末、前田は帰国に備え、ロサンゼルスに滞在していた。米国でラストインタビューのアポを取り、ロサンゼルスの日本食レストランで食事をしながら、たくさん話を聞いた。今季、不調に陥った原因と復調できた理由。米国で過ごした10年間の思い。これから日本球界に復帰する気持ち。そして、日本で移籍先チームを選ぶ際に重要視することは何か。ときどき話は脱線しながら、インタビューは1時間半を超えた。食事が終わる頃には、こちらも10年分の取材の記憶が一気によみがえっていた。そして、私はあらためて感謝を伝えることができた。

 冒頭に紹介したマエケン・ネクタイをつける日は決めている。それは、引退試合だ。それが、いつになるのか、もちろん分からない。なるべく遠い未来であることを願っている。

 前田のメジャー1年目、開幕戦の数日前に個別インタビューをした。まだ自宅も決まらず、前田はホテルに滞在。「ドジャースとの8年契約を終える頃、どんな自分を想像しますか?」と聞いた。「分からないですけど、きっとオジサンですね」と笑った。前田は来季、38歳のシーズン。私は43歳を迎える。これからは、遠くからマエケンの活躍を祈りつつ、引退試合で着用するまでネクタイは大切に保管しておく。

マエケンの8冠記念ネクタイとマエケンのネクタイケース


山田結軌

1983年3月、新潟県生まれ。2007年にサンケイスポーツに入社し、阪神、広島、楽天などの担当を経て16年2月からMLB担当。25年3月より、独立。メジャーリーグ公式サイト『MLB.COM』で日本語コンテンツ制作の担当をしながら、『サンスポ』『J SPORTS』『Number』など各種媒体に寄稿。ニューヨーク・クイーンズ区在住。

               

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