木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第44回> 高市首相の振る舞いから呼び起こされた「従属の記憶」

トランプ大統領の訪日中、横須賀米軍基地内の原子力空母艦内で、笑顔を振りまき、右腕を挙げ、ぴょんぴょん飛び跳ねる高市首相の姿──目にした方も多いのではないだろうか。状況を簡潔に書いただけでも不穏な感じがするのだが、あの様子を見て私が抱いた感情は、悲しさだった。

日米関係を含めた専門的な内容は多くの方々が論じていると思うので、私は自分の個人的な感情を解きほぐしてみたい。

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属性や国家の間にある「力関係」
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なぜ悲しかったのか…見ていて痛みを伴うものだったからだ。

まず、どちらも国家の首脳と呼ばれる存在とはいえ、そこにはそれぞれの属性が持つバランスのずれがある。米国の体の大きな白人男性と、日本の小柄なアジア系女性。彼の横でまるではしゃぐように振る舞う彼女のさまは、西洋男性社会で生きるには、東洋の女性はそうしないと相手にしてもらえない構造の投影に見えた。今もなお根付く、そのステレオタイプの再演でもあった。あえての「戦略」だったのか無自覚だったのかはわからないとはいえ、米国で12年以上暮らしてきた自分にとって、最初の痛みはここにあった。

くわえて、属性だけでなく政治的な力関係も、もちろん無視できない。世界中に基地を持ち、さまざまな干渉を続ける依然「大国」の米国と、アジア太平洋での自国の行いに関する謝罪や賠償も不十分なまま、国内各地に米国基地を抱え、武器購入をはじめ貿易においても米国に逆らえない「依存」を体現する日本──そのそれぞれの代表が会うとなると、弱い者は全力の「おもてなし」で迎える必要があったのだろう。

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文化や慣習の間で経験する「不安」
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しかしそうだとしても、彼女の外交的な「おもてなし」の振る舞いに違和感はなかっただろうか。彼女は普段、笑顔の印象はあまりない。ましてや、飛び跳ねるような仕草で知られる人でもない。しかも人と接触するとしたら、握手かせいぜいハグ程度だろう。しかし、彼女の演説中、大統領は彼女の肩に腕を回していた。別の場面で、彼女が彼に腕を絡めている写真も公開されていた。

政治家が公的な場で飛び跳ねたり体を密着させる場面は、なかなか目にすることがない。それを、よりにもよって自分に関係ある二国の首脳が会合する場面で目撃した。この違和感も痛みへと発展した。

なぜなら、日本から米国に移った者として、それぞれの文化や慣習の間で、どう振る舞えばいいのか戸惑う場面を何度も経験してきたし、今も混乱することがあるからだ。いつも心の奥でくすぶっている不安が再び輪郭を持ち始めた。

「向こう」(つまり米国)に気に入られようと無理したり、結果として振り切ってしまったり──それが日常のひとコマで一般個人に起きることはきっと多くあって、後悔や失敗を重ねながらバランスを見つけていく。似たような人びとで葛藤を分け合うコミュニティーも、ストレスを緩和するサポートも必要だと思う。

だからこそ、個人ではなく政治家、ましてや国のトップにあたる人の公的な場でのそういった振る舞いを目にしたとき、私の場合は、なんとも言えない無念が育った。振り切り過ぎで、「向こう」でも度を超した所作も見受けられるくらいなのに、当人とその周りでは称賛されるのだろうか。誰か、もう少し地に足のついた支えを差し伸べられなかったのだろうか。

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顔と身体の動かされ方に見た「従属の記憶」
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こうやって振り返ってみると、私はあの映像を前に、彼女ではなく、彼女の顔と身体の動かされ方を見ていた気がする。

アジア系女性として初の日本首相となった重みを背負い、米国の白人男性大統領の前で何かを演じる顔と身体。それらは、個人的な脆弱性や、身に覚えのある不安や無念、痛みに帰結し、そして悲しくなった。その悲しさの奥にあったのは、属性の交差、歴史の流れ、そして文化の狭間できっと終わることのない、「従属の記憶」なのだ。

そういった記憶は、個人と公のあわいを超えて、今もなおこの世界のあらゆる場面で疼いていることを思い出させた。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。

ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

               

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