2016年、日本のߟ
グラフィックノベル最新注目リスト
家族の記憶、資本と労働の歴史
『Ginseng Roots: A Memoir』
Craig Thompson
ウィスコンシン州で育った作者のグラフィックメモワールで、家族とともに高麗人参農場で働いた少年時代の記憶が描かれる。さらにテーマは宗教や労働、移民、国際的な交易の歴史へと広がり、私的な家族の物語は個人の記憶であることを越えて、中国などアジアを含む世界史に接続される。回想や歴史を一直線に整理するのではなく、断片的な記憶や調査を積み重ねることで、読者に考える余白を残す作品。
抵抗の歴史を現在形で読む
『Black Arms to Hold You Up』
Ben Passmore
20世紀初頭から現代にいたるまで、黒人による武装抵抗の歴史をたどるグラフィックノンフィクション。60年代のブラックパワー運動、90年代のロサンゼルス暴動や2020年代のジョージ・フロイド抗議運動など、時間軸は移り変わる。簡潔で強度のあるビジュアルと言葉が、歴史的事実を感情に訴えかける形で提示する本作は、ノンフィクション書籍とはまったく異なるビジュアルのアプローチで、米国社会の過去と現在を照射する。
日常の鬱積が崩壊にいたるまで
『Cannon』
Lee Lai
主人公キャノンは、カナダのモントリオールでレストランの厨房で働く女性。ある夜、彼女は店を閉めるはずだったレストランを、破壊してしまう。なぜそんなことになってしまったのか。読者は、衝撃を受けながらページを読み進める。物語はこの出来事を起点に、彼女を静かに追い詰めていった日常を振り返る。過酷な労働環境、家族の介護、親密さをうまく結べない人間関係。日々見過ごされがちな負荷が、少しずつ彼女の内側に蓄積されていった様を、丁寧に描き出した作品。
英国名家と自分の人生が交差
『Do Admit! The Mitford Sisters and Me』
Mimi Pond
20世紀英国の名家ミットフォード姉妹の生涯を軸にしながら、作者自身の視点を重ねて描くグラフィックメモワール。上流階級に生まれ、社交界や政治の中枢に関わり、スキャンダルと極端な思想に翻弄された六人姉妹の人生を、ユーモアと批評性をもって描き出す。1920~30年代の華やかさと退廃を、クラシックな表現で蘇らせる評伝であると同時に、作者の個人的な関心や読者としての距離感が織り込まれている。伝記や文化史に関心のある人はぜひともチェックしたい一冊。
ニューヨークとグラフィックノベル
グラフィックノベルは今、全米のみならず世界各地で多様な展開を見せているが、その形成と発展の歴史を振り返ると、ニューヨークという都市が果たしてきた役割は大きい。これまで数多くの作家たちによって、多種多様な表現手法で描かれてきた。
その出発点として重要な作家はウィル・アイズナー。1970年代に発表された『A Contract with God』は、ブロンクスのユダヤ系移民の集合住宅(テネメント)を舞台に、移民や労働者の日常を描いている。都市に生きる人々の現実を描く文学的表現として、グラフィックノベルの方向性をはっきりと示した。 続いて、アート・スピーゲルマンが80年代から90年代にかけて発表した『Maus』は、ポーランド系ユダヤ人移民として生きた父の体験を通して、ホロコーストという凄惨な歴史的記憶を描いた作品で、ピューリッツァー賞特別賞を受賞した。個人の体験と世界史を重ね合わせるそのスタイルは、移民の記憶が幾層にも重なるニューヨークという都市の成り立ちとも深く呼応している。

ニューヨークの雑誌文化の存在も欠かせない。『ザ・ニューヨーカー』は、長年にわたってカートゥーンや挿絵を誌面に掲載し、ソール・スタインバーグなどの作家が活躍した。都市の感覚や思考を洗練された構成によって描き出す姿勢は、現代のグラフィックノベルを考える上でも、一つの参照点となっている。
90年代以降になると、ニューヨークを別の角度から描く作家も現れる。ベン・カッチャーは、失われていく商店や人々の生活を描きながら、変貌する都市そのものを映し出した。そして現代では、エイドリアン・トミネが都市生活者を簡潔でスタイリッシュに描き、アリソン・ベクデルはクィア・フェミニズム的アプローチでグラフィックノベルの表現の幅を広げている。
ニューヨークでグラフィックノベルが発展してきたのは、出版とアートが近い距離で結びつき、「描くこと」と「書くこと」が日常的に行われてきた都市だったからだろう。そうした環境のなかで、移民の記憶や都市の変化、社会との摩擦といった主題を引き受ける表現として、この街とともに発展してきたのだった。



