今、米国の若&#
映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。
映画のコラムを本紙で書き始めたのが2021年の4月、まだコロナ禍の真っ只中でようやくワクチン接種が浸透し始めた時期だった。つい数年前のコロナ禍での世の中の狂騒がずいぶんと昔のように感じられる。公衆衛生を訴えるワクチン接種派、自由な選択を訴えるワクチン拒否派。公共の場でマスクをしない人に食ってかかるマスク着用強要派、強要を拒むマスク着用拒否派。お互いをSNSで罵り合い、「あの億万長者がワクチンで人を殺している」、「ワクチンの中には群衆を操るマイクロチップが入れられている」といった陰謀論が飛び交った。そんな中で警察官によるいき過ぎた暴力への怒りが爆発し「ブラック・ライブス・マター」運動が全米で巻き起こり、大統領選挙は全米をカオスに陥れ、米国議会が暴徒によって襲撃された。あの頃の自分を振り返ってみるために、本誌連載で自分の書いた文章を読み返してみた。当時の僕もなにかと正義を振りかざしていて正直いって読み返すのが恥ずかしい。自分も正気を少し失っていたと認めざるをえない。コロナウイルスやワクチンに関する新たな事実も次々と明らかになり始めている。パンデミックが終わり、死への恐怖が遠ざかってみて初めて冷静に考え始めた。本当にあのようにワクチン接種やマスクの着用を強要して、拒否する人たちを批判する必要があったのだろうか? SNSの発達で社会正義を声高に主張する人たちも機会もツールも格段に増えた。しかしそれで世の中は良い方向に前進したのだろうか?
あれ以来、社会の分断の溝はさらに深まり、家族や友人関係を引き裂き、米国人同士が武器を持って殺し合う内戦を仄めかす政治家まで現れた。SNSで反対意見の批判のミームをポストする前にじっくりと自分の行動を見つめ直す冷静さを持つべきではないのか。今回紹介する映画はそういった意味でとても大切な映画だ。つい4、5年前の社会の狂乱を現代版西部劇という形で鏡のように映し出して見せる。
正義と正気
2020年5月、ニューメキシコ州の小さな町エディントン。パンデミックの波はこの小さな町にも分断をもたらしていた。現職市長で再選を目指すテッドは州の指示に従い、町民にマスクの着用を促す。照りつける太陽の風土でおおらかに育った住民はマスクの着用要請に憤る人たちも少なくない。そんな住民の気持ちを汲むのがこの土地で育った警察署長、シェリフのジョーであった。マスクなしで訪れた食料品店で入店を拒否されて揉み合いとなった住民を救い出し、自らもマスクなしでその店に入る。店にいた市長のテッドはジョーにマスクをつけるように促すがジョーは義務ではないとそれを断る。そのやりとりをスマホで録画してSNSに載せようとする客。そんな中、町のZ世代の若者はブラック・ライブス・マター運動に共感して集まり始める。そしてジョーはついに自ら市長選挙に立候補することを決意した。
『時をかける少女』などの映画で愛された大林宣彦監督は数年前の亡くなる直前にある言葉を若者のために残した。「正義を振りかざすよりも正気を保て」。僕は今この言葉の意味を深く胸に刻んでいる。正義は扱いを間違えると危険な牙を剥いて人々に襲いかかる。文化革命時代の中国で反革命的だといって学者を集団で殴り殺した人たちも、関東大震災でデマに煽られて朝鮮人を殴り殺した人達も彼らの中では「正義」を行使していた。SNSで社会正義のポストをするあなたに問いたい。「この映画を見る勇気があなたにはあるか?」
今週の1本
EDDINGTON(邦題:未定)
監督:アリ・アスター
脚本:アリ・アスター
音楽:ボビー・クルリック
主演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン
「隣人同士で戦争してどうするんだ」
(予告はこちらから)
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers
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