レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Manhattan(邦題: マンハッタン)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


この連載も残すところあと2回になりました。連載開始当初から書こうか書かないでおこうかかなり迷って後回しにしてきた映画のことを書きます。僕が日本にいた若い頃、米国に行って俳優になる、そしていつかは自分で映画を作るという夢を持ったきっかけはウッディ・アレン監督の作品だった。100億の予算で制作して500億の収益を見込むアクション映画は、僕も見て楽しいと思うが、作りたいとは思わない。僕にとっての映画は人間模様の美しさ、正直な弱さや悲しみを洗練された映像とカメラワーク、俳優の演技と音楽で交響曲のように奏でてくれる総合芸術なのだ。暗い映画館の椅子で泣いたり笑ったり、心を震わせたりした10代の頃の経験が僕という人間を作っている。この映画は本当に美しい。そしてニューヨークの街のある時間と空間の断片を映画芸術で残してくれた本当に貴重な芸術作品だと思う。

42歳の離婚経験のあるコメディー作家が、17歳の女子高生と恋人になったり、親友の不倫相手と恋に落ちたり別れたりを繰り返す。人間同士が惹かれ合うことを繰り返してしまう心の弱さ。恋とはどうしようもなく美しくて正直で未熟な悲しい病気である。

狂気の時代

しかし、今この映画とアレン監督に対する世間の風当たりは強い。アレン監督が非難されている監督の元恋人ミア・ファローの養女、当時6歳の幼児だった女の子への性的虐待の疑い。告発者の家族だけでなく監督の映画の過去の出演者の数人の俳優も非難する側にいる。ハリウッド映画界は疑いを否定するアレン監督を信じて支える俳優と、非難する俳優たちで割れている。1993年には14カ月間続いた調査の結果、性的虐待が行われた可能性は低いと裁判所で判断された。しかし最近、告発者側の主張を元にしたドキュメンタリー映画が公開されて30年前に無罪となったにも関わらず、アレン監督は現在、制作と配給を契約したアマゾンスタジオからも一方的に契約を解除され、ついに米国での映画制作と公開が難しい状況にまで陥ってしまっている。

裁判で証拠が定かではないと無罪になった人物を社会的に仕事ができなくなるまで追い込むのは「推定無罪」という民主主義社会の司法の原則に反している。そんな中、17歳の女子高生と関係を持ったり別れたりと彼女の人生を翻弄する42歳の男を描いたこの映画もあらためて非難されている。世の中の多くの人たちはキャンセルカルチャーの嵐の中で社会正義の旗を振りかざして多くの人たちを社会から抹殺することに忙しい。もちろん中には、収監されるべき本物の犯罪行為を犯した者たちも多くいる。しかし私たちは現在ネット上で多くのデジタル集団リンチ、社会的な公開抹殺を毎日のように目の当たりにしている。私たちも気づいていない「いつか自分も抹殺されるのではないか」という奥深い恐怖が社会を影のように覆い、その不安から自分も石を投げつける側に回る。そちら側の方が安全だからだ。

恐怖が蔓延している時代に冷静な視点と分析、ブレない倫理観のコンパスを持つことは本当に難しい。二十世紀には多くの社会がその恐怖と狂気の時代を経験した。戦時中の日本、ナチス占領下のドイツ、赤狩りに狂ったマッカーシー時代の米国。このキャンセルカルチャーの熱が治まった時、私たちは抹殺した多くの芸術家とその作品をどのようにして振り返られるのだろう。現在88歳のアレン監督の最新作は、フランスで制作されたそうだ。命の続く限り作り続けてほしい。

今週の1本

Manhattan(邦題: マンハッタン)

公開:1979年
監督:ウッディ・アレン
音楽:ジョージ・ガーシュウィン
出演:ウッディ・アレン、ダイアン・キートン
配信:Pluto TV、Amazon Prime 他

42歳で離婚歴のあるコメディー作家、アイザックが道ならぬ恋を繰り返す

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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