レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 The Insider(邦題: インサイダー)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


カマラ・ハリス現副大統領が民主党候補になり、後1カ月まで迫った米国大統領選挙も白熱の度を増してきた。読者の中にも米国市民権を取得して米国での選挙権をお持ちの方々も多いと思う。このコラムはもちろん、どの候補にと政治的支持を促す場ではない。しかし一つだけ心に留めておいて欲しいのが、近年変わり果ててしまった世の中の情報を取り巻く環境と私たちをめぐる関係性だ。それは政治に関することだけではない。社会、経済、教育、医療に健康とありとあらゆる私たちの生活に直接関わる情報環境の土台が脆く危ういものになってしまっている。

映画制作と並行してヨガを教えている僕が関わる業界の話をすると、SNS上でインフルエンサーと称する一部の健康産業関係者、医療関係者、栄養士などの流す情報に大手企業の商品やサービスに有利な情報が多く含まれており、それらのインフルエンサーはその大手企業から金銭を受け取っていたりする。「合成甘味料は本当は身体に害がない」などの情報が広告である事を示さずに姑息に流されている。

その昔、世界の通貨の価値はその国における金(きん)の保有量によって決められていた。1970年代に金本位制の通貨価値は変動為替相場制にとって変わられた。これはその国の経済状況に応じて通貨の価値が変動していくもので、昨今の円安も日本経済の疲弊と衰退を反映している。つまり私たちの使うお金の裏には金(きん)であれ、国の信用であれ必ず価値のある何かが存在していなければ紙切れ同然に意味をなさないということだ。情報にも同じことが言える。これだけ虚偽情報や贈収賄にプロパガンダが蔓延すれば私たちが触れる「情報」の価値を見極める一人一人の力が必要不可欠になってくる。

このコラムでは実話を元にしたジャーナリストの映画を何本も紹介してきた。ニュースを報道するのにどれほど分厚い事実検証の過程と編集部の葛藤があるか、それらの映画の数々は情報の裏にある「事実」という価値を守り抜こうとする報道のプロの舞台裏を描いてくれているからだ。

二つの事実

米国三大ネットワークの一つCBSテレビの人気報道番組『60ミニッツ』の敏腕プロデューサー、ローウェル・バーグマンの元へ匿名で大手タバコ会社の機密文書が送られてきた。それを検証してもらうためにバーグマンは同タバコ会社の元研究開発副社長、ジェフリー・ワイガンドに接触した。タバコの中毒性を高めようと画策する重役たちに反発して解雇されたワイガンドは、解雇後も彼の口を封じようと脅しをかけ続けるタバコ会社に怒りを感じ、番組内でのインタビューで米国議会の公聴会でのタバコ重役たちの証言が虚偽である証拠を明らかにする決心をするが、何億ドルもの金が動くタバコ産業からのワイガンドとCBSテレビに対する妨害と中傷は執拗に続いていく。

代表制民主主義の社会では選挙の結果がどれだけ意にそぐわないものであろうと平和的に受け入れていかないと機能していかない。それを受け入れられない政治家や支持者が増えればどうなるかは2021年1月6日の米国議会襲撃事件で思い知らされた。民主主義とは一つの事実に対する違う意見を持ちながらも言葉の力で平和的にともに生きていける落とし所を一緒に探っていくものであり、一つの事象に対する二つの別々の事実の認識からでは議論もできなければ民主主義自体も機能しなくなる。紙切れのような価値のない虚偽情報に振り回されないためにも、今これは必ず見ておくべき映画である。

 

今週の1本

The Insider(邦題: インサイダー)

公開:1999年
監督:マイケル・マン
音楽:リサ・ジェラルド
出演:アル・パチーノ、ラッセル・クロウ
配信:YouTube、Apple TV

大手タバコ企業の議会公聴会での虚偽証言をめぐり、企業、告発者、ニュース報道が激しい攻防を繰り広げた実話

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

あなたの思い出の映画はなんですか?

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