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困難に立ち向かい、今を全力で生きる日本人ビジネスパーソン。名刺交換しただけでは見えてこない、彼らの「仕事の流儀」を取材します。
ニュージャージー州のミツワに構える人気カフェ「KAI Sweets」。ソフトクリームやもちドーナツなど日本ならではのスイーツで現地で高い支持を得ている。オーナーの河合さんは2005年にニューヨークへ渡り、14年に同店を引き継ぎ独立。以来、スタッフとともに日々挑戦を重ねながら、3店舗を展開するまでに成長を遂げた。
ヒルトンで培った経験と渡米の決意
大学卒業後、ヒルトンホテルに入社。新宿で約3年ウェイターを務めた後、東京ベイヒルトンの営業部で社員旅行から大規模イベントまで幅広く担当し、14年にわたりキャリアを積んだ。仕事に大きな問題はなかったが、「もう少し挑戦したい」という思いが芽生え始めた。その頃、ヒルトン全体で人事制度が大きく変化し、海外でホテル経営学位を取った若手が、要職に次々と就く光景を目にし、「米国ではどんな人がどんなふうに生活しているのか自ら確かめたい」と強く感じるように。縁あって紹介されたニューヨークの日本人オーナーのレストランでゼネラルマネージャーとして働くことになり、4歳の子供を連れ一家で渡米した。
その後、大手お茶メーカーに転職し、レストランやお茶専門店のマネジメントに携わる。売上が伸び悩む中、彼の目に止まったのは、スーパーで圧倒的な存在感を放つ商品たちだった。シリアル、アイスクリーム、ヨーグルト─どこへ行ってもこの三つが目立つ売り場を占めていた。「売れているから売り場が大きい。ならば、アイスで勝負できるのではないか」と考え、倉庫に眠っていた抹茶粉を使い、ソフトクリームマシンをレンタルして試作を始めた。当時は抹茶が浸透しておらず、緑色のアイスは珍しかったが、試食を通じて評判を呼び、やがて大ヒット商品となった。
挑戦する人を支えたい、という想い
企業に属していると裁量の限界を感じることも多かったという。そんな頃、かつての同僚から声がかかり、14年に「KAI Sweets」を引き継ぎ独立。当初はフード中心だったが、エスプレッソマシーンを導入し、浅煎りコーヒーやスイーツも多く展開するようになった。19年末には隣接スペースにドーナツ専門店をオープン。コロナ禍で困難もあったが、スーパー内という立地に支えられ、開店から数日で大行列の人気店に。もちドーナツの開発は容易ではなく、市販の粉を組み合わせ試作を繰り返した。最終的には偶然の出会いから専門粉を開発する人物に辿り着き、9カ月の試行錯誤の末、理想のドーナツを完成させた。 「スイーツは美味しいだけでなく、幸せを届ける存在でありたい」と語る河合さんは、9月から念願のスフレパンケーキもスタート。挑戦を続ける姿勢は、渡米当初から変わらない。
現在も3店舗を切り盛りし、自らも店頭に立つ河合さんの信条は「スタッフとお客様、そして家族を大切にすること」。スタッフには、「独立するならレシピを全て渡してでも応援する」と伝えている。自身もかつて炊飯器やテレビを譲り受け助けられた経験があるからこそ、「挑戦する人を助けたい」という想いが人一倍強い。最近では、「日本人に限らず、ここでビジネスを挑戦したい人を手助けできたら」と視野を広げている。「昔は周りに助けてもらってばかりだった。今度は自分が支える番」と力強く語ってくれた。
河合眞次さん
カフェオーナー
来米年:2005年
出身地:千葉県
好きなもの・こと:ニューヨーク・ヤンキース、ニュージャージーの自然と動物
特技:ちょっとした工夫を思いつくこと
渡米後、レストランで1年勤務した後、ITO EN(North America)で約8年、当時の「Matcha Love」4店舗の立ち上げに携わる。2014年に独立し、現在はミツワ内で「Café KAI Sweets」「mochimochi KAI Sweets」「KAI Creamery」を運営(IG: @kaisweets_mitsuwa)。米国でのビジネスを目指す人を応援する。