この駅の周辺&#
この原稿を書いている今、私は一時帰国中だ。友人や家族と過ごしたり好きな場所を巡る時間を楽しんでいるけれど、今回の一時帰国には実は別の大きな目的もある──日本で日本語のzineを個人で出してみることにしたのだ。
初めて自分で一から作るzineは、いつかじっくり書いてみたいとずっと思っていたアジア系アメリカをテーマにした。市井のひとの限られた視野ではあるけれど、近代・現代の事象を取り上げつつ、『属性と集合体と、その記憶』というタイトルでエッセーと論考の間のような文章を3万字ほど綴った。
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アジア系アメリカとしてアジア系アメリカを考える
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このコラムでも、アジア系アメリカの若者たちを描いたグラフィック・ノベル『Shortcomings』とその映画版に関する原作者インタビューを含めた記事や、アジア系アメリカ文学に関する内容を書いてきた。その背景には、「アジア大陸にルーツを持つ米国の一員」である属性が織りなす集合体的アイデンティティーであるアジア系アメリカについて、私が持つ個人的な関心の強さがある。
コロナ禍以降だけでも、アジアンヘイトとそれに関連すると思われる暴力事件が続いたこと、昨夏インターネット上で勃発した「#Barbenheimer」の騒動などを経験し、身近な範囲で自分自身の属性について考えさせられたのは記憶に新しい。加えて、いち個人である自分の視野や理解を豊かにすべく、書籍や映画などを通してアジア系・日系アメリカの史実に触れてきた。そこで知ることとなったこの属性が抱える記憶を、自らの選択と希望で米国にやってきた移民1世の視点から認識・考察するよう努めてきた。2013年に移住してからの11年間を文章にしながら振り返る作業は、私自身にとって貴重な機会になった。
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大統領選が重なって
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その最中、大統領選がピークを迎えていた。遠くに感じることもあるけれどやはり間違いなく身近にある事象として、米国そして世界各国での移民の急増がある。それに対する鬱憤は世界中で強まっており、今回の選挙でも論点の一つになっていた。その際、先述の通り移民1世であるのに加えて、永住権所有者でもある私のような存在と、日本語では「不法」と訳されることが多い“undocumented”の移民は分けられ、後者にはどこか恣意的な特定の意味を含めて語られる。
こうした動きを見ていると、米国で日系移民が受けた差別の歴史が重なり、複雑な思いが湧き起こる。たとえば、19世紀末から20世紀初頭に労働者として増えた日系移民は脅威と見なされ、排斥や暴力の対象となった。そして第二次世界大戦中には、住居や財産を奪われ、強制収容所に送られた日系移民の苦難の経験は広く知られているだろう。これは、同じ枢軸国出身でも、日系にはイタリア系やドイツ系の人々とは異なる扱いをした米国の歴史でもある。
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移民だからこそ思うこと
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現在では、日系アメリカがかつてほどの不安に怯えることは少ないかもしれない。むしろ、大谷翔平選手の大リーグでの活躍を見ると、私たちの存在の変化を改めて感じる。しかし、その背景にはほかの集合体が新たな標的にされている現実があるように思えてならない。移民に対する偏見や排斥は、形を変えながら社会の中で繰り返されている。
加えて、“documented”であるかないかで、移民という同士の間でさえ排他感情が生まれる。その結果、移民が移民を排除する構造を再生産してしまう。アジア系アメリカの集合体の中にも「新しい移民」に不信を抱く動きがあるようだが、それは自ら経験し得る痛みを他者に繰り返す矛盾を示している。
『属性と集合体と、その記憶』と題したzineを仕上げながら大統領選の結果を目にしたことは、忘れられない記憶として私の中で残りそうだ。属性や集合体にはそれぞれ特異で複雑な記憶が宿るからこそ、その歴史を丁寧に解きほぐし、異なる背景を持つ者同士が互いを理解し合い生きていく方法を、私たちはいい加減見出さなくてはいけない。
COOKIEHEAD
東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
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