経済の舞台裏 from東京

<最終回>経済・物価情勢の展望ー物価は来年度以降2% 程度で推移

今知っておくべき注目の経済・金融ニュースとは何か。経済アナリスト・藤代宏一が日米、そして世界の経済・金融事情の「今」をわかりやすく解説する。


経済・物価情勢の展望

物価は来年度以降2%程度で推移

日銀(植田総裁)は、コスト増(主に輸入物価上昇)を価格に転嫁する動きを「第一の力」、賃金上昇に由来する物価上昇圧力を「第二の力」と説明しています。左図は日銀のウェブサイトにある「展望レポート・ハイライト(2024年4月)」で用いられている概念図で、水色部分が「第一の力」、桃色部分が「第二の力」を示しています。添えられている説明文は「消費者物価の前年比は、今年度に2%台後半となったあと、来年度・再来年度は概ね2%程度で推移します。この間、一時的な変動を取り除いた消費者物価の基調的な上昇率は、徐々に高まったあと、2%の『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移します」とあります。

インフレ元年とも言うべき2022年は、ロシア・ウクライナ問題による一次産品価格の上昇がビッグプッシュとなりました。コスト増に対する企業の基本戦略は、それまでは「我慢」、すなわち人件費などコスト削減によって価格を据え置くことでした。しかしながら、22年に急激な負担増に直面した企業は価格転嫁戦略へと舵を切りました。値上げを極限まで遅らせ、幅も最小限に留めるというデフレ的な企業行動の根底には、自社製品・サービスの価格競争力低下に対する恐れがありましたが、皮肉にも、各社が一斉になって値上げを実施したため、企業はそうした恐怖から解放されました。

「第一の力」は、企業の価格設定行動の変容を促したという点において、大きな役割を果たしたと言えるでしょう。もっとも、それ自体は決して国民生活を改善させるものではありません、良質とは言い難い部分があります。

水面下で強まっていた賃金上昇圧力

概念図によると、この間、「第二の力」の源泉である賃金上昇圧力は水面下で着実に強まっていたことが示されています。以前より、人手不足は日本の構造的問題でしたが、コロナという極めて特殊な環境がそれを覆い隠したことで、21年まで「第二の力」は表面化しませんでした。しかしながら、経済活動が正常化に向かった22年以降、人手不足は一層深刻な問題となり、背に腹は代えられぬとして企業は賃上げによって雇用の確保に努めました。また海外との賃金(物価)格差が、国民的話題となったことも影響したでしょう。ワーキングホリデーを活用したパートタイム収入が日本国内のフルタイム労働者の収入を大幅に上回るなどといった事例が多く伝えられ、そうした空気が日本企業の経営者に賃上げの決断を促した面があったと筆者はみています。

連合が集計した春闘賃上げ率(ベア相当部分)は、23年に+2・1%、24年は+3・6%(5月8日時点)とそれぞれ約30年ぶりとなる飛躍的伸びを記録しました。賃金上昇を背景に需要(個人消費)が増大し、その結果として、物価上昇に繋がるというのが「第二の力」です。

円安が日本経済に与える影響

日銀は24〜25年度にかけて物価上昇のけん引役が、「第一の力」から「第二の力」へ引き継がれるとの理想的な見通しを示しています。しかしながら、ここへ来て「第一の力」の再燃に注意が必要になってきました。円建て輸入物価は4月に前年比+6・4%とプラス圏に浮上し、20年平均を100とする指数水準は167と高止まりしています。一次産品価格の安定を背景に契約通貨建てでは同▲4・3%とマイナス圏にありますが、円安の影響がじわじわと効いている形です。マクロ的にみれば、円安は輸出物価も押し上げることから、必ずしも交易条件に直結する訳ではありませんし、円安によって企業収益が嵩上げされ、賃金上昇に繋がるという経路も期待できます。しかしながら、個人消費の強さが源泉となる「第二の力」の継続性に重点を置いた場合、円安は輸入物価上昇を助長するため、マイナス影響があります。

日銀は「円安はこれまでのところ基調的な物価上昇率に大きな影響はなかったものの、今後影響してくるリスクがある」として一定の目配せはしているものの、円安ドリブンな政策態度には距離を置いています。もっとも、USD/JPYが再び160円を超えるなどすれば、いよいよ日銀の政策態度が変化する可能性があります。


藤代宏一

第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。

2005年に第一生命保険入社。10年第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当する。12年に第一生命経済研究所に帰任。その後、第一生命保険より転籍し現職に至る。

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