NYを食べるー味の先にある都市文化と更新される価値 Vol.1

ニューヨークで食べ歩くことは、単なるレストラン巡りではない。年間100軒以上の店を訪れる中で出会うのは、味よりもむしろ、人、背景、コミュニティー、そして価値観の衝突と更新。ニューヨークという「濁流」に身を投じることで見えてくる“食から始まる都市理解”を人間模様と共に立体的に紐解いていく連載。


 

NYの食は「高くて大味」か?

まず、率直に聞きたい。あなたはニューヨークの食をどう見ているだろう。

高くて大味」「日本の方が安くて美味しい」「ミシュランレストランに至っては、値段が理解できない」。もしそう感じているなら、それは間違いでも、味覚の問題でもない。ただ、この街と、まだ対話を始めていないだけかもしれない。

日本は、どこへ行っても安くて美味しい。全国どこでも一定水準以上で、下振れが極端に少ない。鮨に代表されるように、繊細さと完成度を極限まで突き詰めた世界がある。同じ文化に立ち、似た経験を共有しているからこそ、私たちは多くを語らずとも「阿吽の呼吸」で理解に辿り着けてしまう。「察する」文化があり、おまかせが成立し、受動的であっても安心して美味しさに到達できる特異な国なのだ。

ところが、ニューヨークは違う。ここは、自ら問い、対話をし、関係性を結び直さない限り、何も始まらない街だ。料理単体だけを切り取って「高い・安い」「美味しい・美味しくない」と裁いた瞬間、最も大事なものを見失う。ここでは、能動的に理解を取りに行かなければ、その扉は開かない。

ニューヨークの食の真価は、単なる「味」ではない。歴史と多様性、そして排他性のある閉じたコミュニティーでの洗練を経て進化してきたプロセスを理解し、その先にある「理解を超えた瞬間」に立ち会う体験にこそある。

「多様性の融合」と「閉じた深化」

ニューヨークは、世界中の文化が混ざり合い、それらがぶつかり合って、決して中間には着地せず、より高次なものが生まれる都市だ。あまりにも価値観が異なるため、安易な妥協点など存在しない。だからこそ、相互に補完し合う、次元の高い新しいものが生まれる。

例えば、Jungsik(ジュンシク)。韓国の伝統を基盤に、日本、アメリカ、フランスの食文化を融合・昇華させ、本国以上の評価を獲得した。これは「多様性の融合」がもたらした、極めてニューヨークらしい洗練の形だ。そしてAtomix(アトミックス)もまた、韓国料理を出発点にしながら、ニューヨークという濁流の中で研ぎ澄まされ、その洗練を極限まで押し上げた存在だ。

一方で、多様性とは対極にある「閉じたコミュニティー」が、文化を異様なまでに深化させることもある。かつてハーレムの閉じたコミュニティーでジャズが洗練され、世界的な音楽産業へと発展したように、食の世界にも同じ現象が起きている。ユダヤ系コミュニティーがニューヨークの軟水でボイルし、独特の食感へと昇華させたベーグル。トーストしてクリームチーズを塗り、アツアツで食べたときの美味しさたるや、他に代えがたい。ナポリの製法とは異なり、イタリアの移民たちが独自に進化させ、アツアツで提供されるニューヨークのピザ。それらは外に迎合せず、自らの文化を突き詰めた結果、その「尖り」が街を象徴する食文化へと昇華した。

ニューヨークには、「外に開かれた融合」と「内に閉じられた深化」の両極が共存している。だからこそ、この街の食は単なる料理ではない。絶え間ない都市の更新プロセスと、人々の想いが積み重なった「歴史の断片」なのだ。

NYという都市の濁流に自身を投入する

この街の食事は、席に着いて「まず何を飲みますか」と問われた瞬間から始まる。それは単なる注文ではない。サーバーやソムリエという「翻訳者」との対話を重ね、どの料理がおすすめか、どのお酒が合うか、今日の気分にとって何が最良かを共同で探っていく食の儀式だ。だが、私がニューヨークで最も惹かれているのは、この儀式の先にある。食を通じて自分の既成概念を壊し、「理解を超える瞬間に立ち会う」、いわば都市の更新プロセスそのものに身を投じる瞬間だ。

One White  Street(ワン・ホワイト・ストリート)での体験は忘れられない。信頼するソムリエに「この料理に何が合うか?」と問うたとき、その人は「Do you trust me?」と微笑んだ。ペアリングには定石がある。私は、味の同調、あるいは郷土料理と郷土酒の組み合わせだと考えている。だが、本当の面白さは、その定石を理解した上で、あえてそれを超えるところにある。想像を超えた、アドベンチャラスでエクスプローリングな一杯。それは、対話を通じた信頼関係がなければ出会えない一杯だ。自分の想像を超えた組み合わせを理解した瞬間、ソムリエとの心理的距離は圧倒的に近くなり、その哲学に触れ、感動の追体験をすることになる。その「化ける仕組み」をソムリエが言語化していく過程で立ち上がる意味の層こそが、記憶に刻まれる。

私自身も、受け手で終わりたくない。Four Twenty Five(フォー・トゥエンティ・ファイブ)では、日本の職人とニューヨークのシェフが協働し、交差する取り組みの一端を担った。文化が混ざり合い、想像を超える価値が立ち上がる瞬間に立ち会える。自分の価値観が壊れ、更新され、新しい何かが生まれる。そのプロセス自体が何よりも楽しい。

その都市の進化の渦に、私自身も身を投じ、身を委ね、その一部になっていく。

都市との対話

だから、料理単体だけを切り取って「高い・安い」「美味しい・美味しくない」で裁くと、最も大事なものを見失う。私は当たりを引くために食べているのではない。Essential by Christophe(エッセンシャル・バイ・クリストフ)で、フランスの伝統を重んじながら、ニューヨークならではの自由な接続に触れ、想像を超えてくる組み合わせに心身を揺さぶられる。あるいはThe Musket Room(ザ・マスケット・ルーム)での料理とワインのペアリングで、定石を超えた理解の先にある調和に出会ったとき。私の創造を何度も超えてきた。その「想像を超えた瞬間」を求めて、私はテーブルに向かう。

旅を深めるには、歴史を調べ、現地を訪れ、現地の人と対話することが欠かせない。食も同じだ。次の外食で、料理が出てきた瞬間に、こう聞いてみてほしい。
「この一品に込められた想いは何か?」

その一言で、あなたは都市の文化の「理解者」になる。そして価値観が更新されたとき、その体験は人生の揺るぎない資産になると、私は信じている。

 

 

小柳津 晨平 (おやいづ しんぺい / Shimpei Oyaizu)

ニューヨークの話題の星付きレストランからストリートフードまで、年間100軒以上を訪れる。食体験を、歴史・文化・人が交差する「人生の探求」と捉える。味覚にとどまらず、想像を超えて価値観が更新される瞬間を追い続ける。
               

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