巻頭特集

【今週の巻頭特集】新世代のグラフィックノベル

ニューヨークの書店で見かけることも多い、大人向けの長編ビジュアルコミック「グラフィックノベル」。その世界の最前線で活動する作家たちの言葉を通して、グラフィックノベルがいま何を問い、どのように読者と向き合っているのかを見つめていきたい。


次世代を担う作家が語る「描くこと」の現在地

グラフィックノベルは今、娯楽としてのコミックの枠を越えて、ときには政治、戦争、ジェンダーといったシリアスな主題も扱いながら、複雑な現代世界のありようを表現する手段となっている。その広がりとともに、新しい世代の作家が次々と現れてきた。今、最も注目を集める二人の新鋭作家の生の声を通して、グラフィックノベル最前線の現場を探っていく。

男性社会の歪みを風刺

ニューヨークを拠点に活動するマティ・ルブチャンスキーは、米国社会を風刺しながらシュールで不穏な世界を描くグラフィックノベル作家。2023年に刊行した長編作品『Boys Weekend』は、トランスジェンダー女性の主人公が旧友の男性たちのバチェラーパーティーに参加する物語だ。舞台である海上に浮かぶ架空都市「エル・カンポ」は享楽的で、どこかラスベガスを思わせる。「最初はラスベガスをそのまま舞台にするつもりでした」「人に『ラスベガスの話なんだ』と言うと、『え、私、ラスベガス大好き』と返されることが多くて。でも私は違いました」。そこで当時、再読していたアーシュラ・K・ル=グウィンの小説『所有せざる人々』の影響に触れる。「資本主義を初めて体験する人についての物語です」「月のような惑星に住んでいる、アナキストのような人物が、地球のような惑星に来て資本主義を体験します」「『え、こんなにひどい世界なの?』と思います」「ラスベガスに行った時、私も同じ感覚でした」「それをそのまま読者に体験してほしかったんです」。物語は作家がトランス女性として生きてきた経験が反映されている。自身がバチェラーパーティーに参加した時、特定の振る舞いしか許されない空気があった。「変でおかしな瞬間や楽しい瞬間は、確かにありました」「でも、私はそういう場所に参加できなかったんです」。男性性を前提とした集団のノリや、効率や競争を重んじる価値観に違和感を持った。本作後半ではSF・ホラー的な予期せぬ展開があり、男性社会やテクノロジー業界、資本主義社会に通底する暴力性と排他性が描き出される。

「痛み」を描く先にあるもの

ケイラ・Eの『Precious Rubbish』は、作者を思わせる主人公が、身体への違和感や宗教的抑圧といった自身の過去を振り返る前衛的なグラフィックノベルだ。1950〜60年代のアメリカンコミックのような、明るく親しみやすい絵柄で描かれるが、それは幼少期に慣れ親しんだコミック体験と結びついている。「沢山のコミックを読みました。ほとんどがアーチーコミックでした」「夢中になっていました。むさぼるように読んで、研究して、夢にまで見ていました」。作中の人気キャラクターであるベロニカは、裕福で魅力的な存在として描かれるが、それに惹かれる一方で、自分自身とはどこか違うとも感じていた。その違和感は、本作においてはかわいらしい絵柄と、重く痛みを伴う内容との落差として表現されている。また、作者は熱心なキリスト教ペンテコステ派の家庭で育った。幼少期に宗教が生活や価値観を強く規定しており、その中で生じた痛みを作品に織り込んだ。「この本は私の回心についての本ではありません」「痛みについての本です。痛みを尊重することについての本です。痛みを認識し、そこにある種の空間をつくり、宗教的トラウマを含む苦しみに光を当てる本なんです」「この本を書くことが私にとって癒やしだったわけではありません。でも、読者とつながることが癒しとなりました。『この本は自分自身を映し出している』と言ってくれた人たち。『自分の経験について語る言葉を与えてくれた』と言ってくれた人たちです」。個人的な痛みとともに始まった表現は、読者と共有されることで、新たな意味を持ち始める。そのプロセス自体が本作品の核心なのかもしれない。

問いを読者と共有する

二人の言葉から浮かび上がるのは、グラフィックノベルが単に答えを提示するメディアではないという共通した感覚だ。社会構造への違和感、身体や信仰をめぐる記憶、言葉にしづらい感情。それらを無理にまとめあげるのではなく、その痛みや矛盾を抱えたまま、問いのままに差し出す。そのバトンは読者の側へと静かに手渡されていくだろう。(ニューヨーク公共図書館トークショーを採録)

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雑誌『ザ・ニューヨーカー』世界

ニューヨーク発の洗練された洒脱な視点で、調査報道から小説や批評、コミックやイラストまで、多彩な記事を掲載する老舗週刊誌『ザ・ニューヨーカー』。昨年は創刊100周年を迎え、その節目を祝う企画やイベントが相次いで開催された。ニューヨーク公共図書館本館では記念展示が行われ(2月21日まで開催中)、それに連動した名物編集者らによる座談会形式のトークショーが9月に実施。さらに先月には編集部の舞台裏に密着したドキュメンタリー番組がネットフリックスで配信されるなど、同誌は改めて世界中から大きな注目を集めている。本特集ではその歴史と編集哲学に迫りたい。