レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Die My Love

映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。


大学教授の妻は 40 代での高齢出産で娘を産んでから4カ月で教壇に復帰した。早い人では6週間で仕事に復帰する女性もいる。一年目は僕たち夫婦も大変な時期だった。僕が早朝から昼まで働いて一旦帰宅すると入れ替わりに妻が大学に向かう。そして夕方に妻が帰宅するとまた僕が午後9時から 10 時ごろまで働きに出かけた。ナニーを雇わずにどちらか一人は必ず生まれたばかりの赤ちゃんと一緒にいられるようにしようと二人で話し合って決めたスケジュールだった。働き方の自由が効くフリーランスだからできたが、寝不足で目が回るほど大変だった。しかし今の親子三人の絆の強さを思うと正しい選択だったと感じる。そんな一年目のある夜、僕が夜遅く帰宅してドアを開けると妻が上半身裸で僕に背中を向けてテーブルに座っていた。搾乳ポンプで母乳を搾り取っていたのだ。ご存じない方に説明すると仕事をする女性が不在時でも母親の母乳を赤ちゃんに授乳できるように母乳をポンプであらかじめ搾り取っておいて哺乳瓶に保存しておけるのが搾乳ポンプである。背中を向けていた妻がゆっくりとドアの僕に向かって振り返 った時の顔は一生忘れられない。寝不足で憔悴し切った上に自分の血液からできる母乳をまさに乳牛のよ うにポンプで搾り取られているのだ。目はドロンと窪み、頬はこけ、顔色はくすんでいる。女性にとって子供を産んで育てるとはまさに自分の命を少しずつ削って新しい命を育てているのだ。今ではティーンエージャーに成長した娘が生意気なことを言うたびに僕はこの時の話を娘に聞かせる。そんな妻も女性の出産直後のホルモンバランスの崩れによって現れる精神的に不安定な症状は軽かったと本人もいう。症状の酷い人は「産後うつ」となって周囲の理解と支援が薄ければ精神が不安定な症状を母親一人で抱え込むことになる。「核家族化が進んでコミュニティー全体での子育ての支援を受けられなくなった」とは言うものの、義理の家族や親戚がああでもないこうでもないと口を挟んできたり、「泣いている赤ちゃ んをすぐに抱くと抱き癖がつく」とかの時代遅れの子育て論をごちゃごちゃ押し付けられるのも鬱陶しい。大変だけれども親子三人きりの核家族は気持ちが楽なのも正直なところだと思いませんか? 今回はそんな「産後うつ」を題材にした問題作を紹介します。

 

 

子育てに優しい社会

グレイスとジャクソンの若いカップルはジャクソンの叔父が遺産として残してくれたモンタナ州の森の中の一軒家にニューヨークから引っ越すことを決め、すぐにグレイスは妊娠し男の子を出産する。仕事で不在の多い若い父親ジャクソンに憤りを感じ、森の中の一軒家に残されて生活環境もガラリと変わってしまったグレイスの精神は徐々に不安定の度を増し始める。スクリーンのこちら側を見事に共感させるジェニファー・ローレンスの演技を見るだけでもこの映画を見に行く価値がある。日本からは「少子化対策」「人口減少への懸念」と言う声が聞こえてくる。それを言う前にちゃんと子育て世代に優しい社会を考えてから言えと言いたい。ベビーカーをバスに乗せれば文句を言われ、地域に保育園を作ろうとすればうるさいからと反対され、男性の育休も形だけでしっかり取得すれば仕事を干されかねない。名古屋に帰省した際に老舗の鰻屋に入ろうとしたら「しつけのキチンとされていないお子様の入店は固くお断りします」という張り紙があった。そんな社会で誰が子育てなんかしたくなるものか、考えてからものを言え。

今週の1本

Die My Love

監督:リン・ラムゼイ
原作:アリアナ・ハルウィッツ『Die, My Love』
音楽:ジョージ・ヴィエシュティツァ
主演:ジェニファー・ローレンス、ロバート・パティンソン

「私は何かをしたいのと何もしたくない間で行き詰まっているの」

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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