木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第40回>二人で見たニューヨーク──痛みとレジリエンスを分け合った時間

「ターミナル8であってるよね」「もうすぐ着陸だ…!」6月中旬、JFK空港。友人が乗る羽田発便の到着を、そわそわしながら待つ。空港まで出向いたのは、早く彼女に会いたいとはやる気持ちと、観光旅行とはいえ、昨今の状況を考えると幾ばくかの不安があったから──ゲートの外に自分がいたとて、助けにはならないとわかっていても。

「入国したよ!」と知らせるラインが届き、私たちの少し早い夏休みが始まった。そしてそれは、普段は異なる生活をしている私たちが、ニューヨークの街を一緒に観察したり体感し、思いを共有する機会にもなった。

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「その瞬間」をともにするということ
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たとえば政治的なものとしては、トランプ大統領が14日に自らの誕生日祝いとして主催したワシントンDCでの軍事パレードにあわせ、全米各都市で行われた「王様はいらない」マーチに、私たちも参加した。さまざまな人びとが声を挙げ、ウィットやユーモアに富んだ文言のプラカードを掲げて歩いていた。また、この頃は市長予備選を控えており、後に勝利することとなるゾーラン・マムダニ氏のポスターを多く見かけ、草の根ボランティアの若者とも接触した。どちらも、混乱のさなかでも諦めないこの街の底力を感じる体験であった。

そのほかにも、19日のJuneteethが州の公的祝日であることを意識し、くわえて6月はニューヨークも拠点となった抵抗運動からプライド月間であることについて考える。本や読書が好きな私たちは、書店と図書館を巡りながら、この国の黒人やLGBTQ+の歴史と現状を伝えるメッセージに触れた。この街の書店や図書館の率直で誠実な思いを共有した。

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こぼし合いたい、話し合いたいこと
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約10日間、飽きることなく夜な夜な話したのも、かけがえのないものになった。東京での暮らしや仕事のなかで、彼女が抱える不安、痛みや憤り。それらと直結する環境から一旦距離を置き、少し息をつけているように見えて、私もほっとする。この街には、混乱のなかであっても絶えることのないレジリエンスがあるのだとしたら、それが東京でも東京の形でもっと育っていけばいいとも思った。

同時に、私が今までもこれからも住み続けるこの国や街には、実に根深い不条理や矛盾がある痛みも思い出す。一時的に滞在している彼女の眼差しに、その全ては映らない。しかし私が一時帰国する際も、もはや断片的な情報や体験しか得られないのだから、この現象は相互的に起きているのだろう。それぞれ異なる街で暮らしているかぎり、それは当たり前のことなのだ。むしろ、こぼし合いたい、話し合いたいと思える、安心がある関係性に尊さを覚える。

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理想とする空間を共有すること
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最後の夜、参加者それぞれが好きな本を持ち寄り黙々と読書をする集いである「クワイエットリーディング」に、数名の友人とともに参加した。そこでは、訪問者も在住者も関係なく、この空間を求める人びとが、本を片手に思い思いに集まって時間を過ごす。ひたすら本を読み、交流したくなったらひそひそ話す。

普段は遠くに住む彼女と隣り合わせであの時間を過ごせて、うれしかった。私たちが理想とする休息の空間や人との集いのあり方を一緒に確認できた。

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交わした思いを携えて、歩き続けること
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少し早い夏休みが終わった今も、ふとした瞬間にあの10日間の記憶がよみがえる。マーチや本から響く人びとの声、夜に交わした言葉や思い、読書会の自由な空間──こういったものを共有したことは、今は小さな灯びのように感じられる。

誰かとともに時間を過ごし、違う視点から同じ景色を見つめる──そこには、それぞれの場所に根付く痛みを少しでもほどいていくための糸口があるのかもしれない。そんな希望を、私はこの街で、あの経験から受け取ったのだと思う。彼女にとっても、そうだったらいいな。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。

ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

               

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