巻頭特集

日本の手仕事を特集

来る14日に開催されるジャパンパレードにちなみ、今号は日本の手仕事を特集する。日本の工芸やデザインをニューヨークに紹介してきた第一人者や、当地で活動する工芸作家、日本の無名作家を発掘する若きギャラリーオーナーに話を聞いた。(取材・文/加藤麻美)


日本製品の良さは細部まできちっと作っていること

日米のクラフト&デザインの架け橋となり、世界的マーケットの登竜門として大きな役割を果たしてきたニューヨーク初のデザイン専門画廊「ギャラリー91」。その創設者であり、40年間キュレーターとして活動してきた海老原嘉子さんに、自身の歩いてきた道と日本製品の良さ、アートを巡る日米事情について聞いた。

女子美術大学を卒業し、染色工芸を専攻しました。卒業後にインテリア向けのテキスタイルをデザインするアトリエを六本木に構え、1964年に1年間、欧米のインテリアやテキスタイルを見て回る旅をしました。結婚してニューヨークに移住したのが69年です。東京では、倉俣史郎さんや岩渕勝弘さん、境沢孝さんなど、今では「巨匠」と呼ばれるような人たちと一緒に仕事をいくつもしました。彼らがニューヨークで自分たちの仕事を紹介する展覧会を切望していることを知っていた上に、ギャラリー運営やキュレーターになるための勉強をしていたので、著名な美術館やギャラリーに展覧会をしないかと掛け合いました。

しかし当時、日本の現代デザインは「欧米のコピー」といわれ、正当な評価を得られていませんでした。ならば自分で紹介しようと83年にソーホーで始めたのが、「ギャラリー91」です。ソニーのウォークマンが発売されたり、三宅一生が話題になったりと、世界中の人たちが日本のデザインに興味を持ち始めた時期だったこともあり、ニューヨーク初のデザイン専門ギャラリーとしてニューヨークタイムズに37回も取り上げてもらいました。

300点以上をパーマネントコレクションに

日本の作家やデザイナーを海外に紹介することが目的だったのですが、世界各地から売り込みが殺到。2013年に閉めるまで50回以上の企画展を開催しました。日本関連の展示会は、食品サンプル(ろう細工)、テキスタイル、折り紙、時計、照明、家具、パッケージ用品、ジュエリー、和紙など多岐にわたります。「ギャラリー91」を通してメトロポリタン美術館やMoMA、モントリオール装飾美術館などのパーマネントコレクションになった作品は300点に上ります。

1994年にはエイズで亡くなったアーティストの展覧会をニューヨークで初めて開催した

日本の決算方法が作家紹介の壁に

ニューヨーカーは他人の意見に惑わされず、自分の目で作品を評価します。また、投資対象として作品を選ぶ場合は、厳しいビジネスマインドで臨みます。これを理解せずに、お金を払って展覧会をするといった日本流の考えでは箔(はく)付けどころかまともな評価にはつながりません。作家を育てるのはギャラリーであり美術館であり、その裏に存在する富裕層(および企業)です。

しかし、予算が4月から3月までの単年度でしか取れなかったり、10〜12月に税金対策として大きな買い物がしづらい日本の決算方法や内向きの運営姿勢といった昔と変わらない思考では、日本の作品や作家の紹介はままならないと危惧しています。

一点ものが作れる土壌がある日本

日本の製品の良さは、細部や目に見えない部分まできちっと作っていること。あとは「一点もの」やデザイン重視の作品を制作できる土壌があることです。欧米で工業デザインといえば大量生産でき、かつ安全基準を満たしたものでなければなりませんが、日本では作家がこだわり抜いてユニークなものを作る。日本人ならではの工夫や美しさ、かわいさなどが盛り込まれ、かつ便利なものが多い。まさに日本人が昔から伝えてきた「用の美」ですよね。

 

海老原嘉子さん

「ギャラリー91」オーナー。
アーツ&デザイン美術館(MAD)展覧会企画委員、パーマネントコレクション選定委員。
米国の美術館が所蔵する日本のパーマネントコレクション展のキューレートも担当。ニューヨークのデザイン界の発展に貢献し、1988年には「ブロンズアップル賞」を日本人として初めて受賞。
東京都出身。
gallery91.com

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