経済の舞台裏 from東京

個人消費の停滞 予想を遥かに上回る輸入物価上昇の危機

今知っておくべき注目の経済・金融ニュースとは何か。経済アナリスト・藤代宏一が日米、そして世界の経済・金融事情の「今」をわかりやすく解説する。


個人消費の停滞

予想を遥かに上回る輸入物価上昇の危機

日銀を取り巻く環境は、物価と名目賃金が政策目標を満たす伸び率で推移している一方、内需(個人消費)が弱い状態にあります。物価目標を超過しているにもかかわらず、日銀が金融引き締めに慎重な姿勢を維持しているのは、個人消費が停滞していることが大きいとみられます。要するに、個人消費の弱さが政策判断を難しくしているということです。

為替も日銀にとって厄介な問題でしょう。日本国内(政府、民間)から円安対策を求める声が強まる中、金融緩和的な状態を維持しておくことに対する批判もあります。

植田総裁は「為替が動いたから直接的に金融政策の変更を考えようということでは全くない」(4月10日、衆院財務金融委員会)として通貨防衛的な利上げには明確に距離を置いていますが、円安是正を求める外圧に配慮してか、「円安が基調的物価上昇率に影響を与える可能性はある。無視できない大きさの影響が発生した場合は金融政策の変更もあり得る」といった趣旨の発言を繰り返し、為替と金融政策を間接的に結び付けています。日銀の予想を遥かに上回る輸入物価上昇に直面すれば、利上げの可能性が高まると身構えていた方が良いでしょう。

物価一点集中主義

景気の弱さと物価上昇の板挟みとなった場合、日銀はどちらを重視するでしょうか。景気を支援するために金融緩和を続けるのか、それとも物価上昇率を下押しするための利上げを選択するのか。これまでの日銀は前者であったが、2%超の物価上昇率が継続するにしたがって、後者を選択する可能性は高まってくるでしょう。

日銀がそうした板挟みからの解放を望むなら、「物価一点集中主義」を採用するという選択肢もあります。ここでいう、物価一点集中主義とは文字通り「物価のみ」に焦点を当てる政策態度、換言すると「物価は日銀、景気その他は政府」という棲み分けの下で、物価の番人に徹する姿勢といった具合です。消費者物価が2%を超えているならば、半ば機械的に政策金利の引き上げに動くことになります。

それに近い政策態度を採っていた事例として、トリシェ総裁(2003〜11年)が率いたECBがあります。ここで11年4月にECBが(リーマンショック後)主要中央銀行で最も早く利上げに動いた経緯を振り返ります(7月に追加利上げ)。

11年4月と言えば、ギリシャの財政不安に端を発する債務問題が広がりを見せていた、まさに「危機前夜」とも言うべき緊張感を帯びる時期でした。こうした局面でECBが利上げを決行した最大かつ唯一の理由は物価上昇でした。

当時は中東・アフリカ情勢の緊迫化などから原油価格が上昇し、ユーロ圏の消費者物価指数は2%台半ば~後半に高まっていました。一方で食料・アルコール・タバコを除いたコアCPIは1%台前半~半ばで推移していたことから、賃金上昇を伴う内生的なインフレ( 日銀がいう基調的な物価上昇)は発生しておらず、金融環境を引き締める必要はないように見えましたが、ECBは総合物価の上昇に対処するため、利上げを断行しました。物価上昇の「質」を問わない政策判断に対する批判は相応に強かったものの、トリシェ総裁は物価の番人であることを重視した格好です。

「もしトリ」なら日銀は大幅利上げ?

消費者物価上昇率が2%を超えている現状、「もしもトリシェ氏が日銀総裁になったら」、日銀は連続的な金融引き締めに動くでしょう。(現実の)日銀がそうした政策態度を採る可能性は低いですが、物価上昇を放置したとして日銀が槍玉にあげられれば、最終的に日銀は景気への配慮を放棄し「物価一点集中主義」を選択するかもしれません。

現時点で筆者は24年10月に0・25%まで政策金利を引き上げた後、25年春(4月頃)に0・50%となり、それで当分の間、政策金利は据え置きになると予想しています。

もっとも、日銀が前記のような政策態度に傾けば、それ以降も連続的な利上げが続き、1%を超える可能性があるとみています。そうした変化がない限り、1%を超える政策金利は現時点で想定しにくいです。


藤代宏一

第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。

2005年に第一生命保険入社。10年第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当する。12年に第一生命経済研究所に帰任。その後、第一生命保険より転籍し現職に至る。

               

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