経済の舞台裏 from東京

賃金上昇率が跳ねる「仰天予想」と日米高齢者の就業率か らみるインフレ

今知っておくべき注目の経済・金融ニュースとは何か。経済アナリスト・藤代宏一が日米、そして世界の経済・金融事情の「今」をわかりやすく解説する。


賃金上昇率が跳ねる「仰天予想」と

日米高齢者の就業率からみるインフレ

米国では新型コロナウイルスによるパンデミック期間において55歳以上の労働参加率(15歳以上人口に占める働く意思のある人の割合)が顕著に低下し、人手不足感が強まりました。すると労働市場では求人件数が著しく増加した他、転職活動の活発度合いを示す自発的離職率が大幅に上昇するなど、求職者の争奪戦が繰り広げられました。そうした労働コストの増加分は消費者段階の価格に転嫁されます。

そもそも55歳以上の労働参加率はなぜ低下したのでしょうか。それはコロナの直接的影響(死亡、後遺症、感染に対する恐怖)に加え、資産価格上昇を後ろ盾とするアーリーリタイアがありました。

ケース・シラー住宅価格でみた不動産価格はコロナ期前(2020年1月)と比較して直近では40%以上高く、株価もS&P500は20年1月の3300近傍から直近では5000を超えています。日本で言うところの「億り人」が続々と誕生し、そうした人々が労働市場から退出していったことでインフレが発生し、低所得者が割を食うという、何とも皮肉な構図となりました。

日経平均株価が最高値に到達した現状、日本でもこのような事態が起きるのでしょうか。そこで日銀が公表する資金循環統計で家計の金融資産残高を確認すると、22年79月期から23年79月期にかけて約100兆円の増加が認められています。その増加分は約8割(株式・投資信託が79兆円増加、年金・保険が2兆円増加)が株価上昇で説明可能です。株高が一段と進行した2月末現在、この増加傾向はかなり強まっていると思われます。

日本でも賃金インフレが高まるのか?

現在、日本の労働力を支えているのは60歳を過ぎても、なお就労を継続している人々です。そうした人々が働いている、大きな動機として老後の経済的不安があると推察されます。では、それが金融資産の増加によって解消・緩和されるならどうなるでしょう。その際の選択肢としてリタイアや労働時間の削減などが浮上してくるのは自然なことに思えます。

少子高齢化という構造的な理由によって人手不足感が強まっている日本経済において、これまで労働力の限界的減少を食い止めてきたのは高齢者でした。それが日本全体の労働供給を満たしてきたことで(幅広い年齢層の)賃金は抑制されてきたわけですが、シニア層の労働参加率が急激に低下すれば、人手不足に拍車をかけることは間違いありません。ただし、株高によって60歳以上の人々の労働参加率が急低下すれば、日本の賃金上昇率が2%を大きく超え、労働コストが高まることで、米国型の賃金インフレが到来する可能性もあります。

人々の将来に対する不安が根強い中、現時点でシニア層の労働参加率が急低下する可能性はかなり低いと思われますが、今後株高が一段と進行するようだとそうした展開も少しずつ現実味を帯びてくる可能性があります。「仰天予想」として頭の片隅に入れておいた方が良いかもしれません。

日銀の連続利上げは想定しにくい

現在、日本の賃金上昇率(毎月勤労統計の所定内給与、いわゆる基本給に相当するもの)は約30年ぶりの高い伸びとはいえ、1%台後半に過ぎず、日銀の物価目標を上振れ方向に脅かすほどには強くありません。24年度も同程度かそれ以上の賃金上昇率が予想されていますが、それでもこうした下で物価上昇率は2%近くまで鈍化し、インフレは終息しつつあります。そうした賃金上昇率を前提に、筆者は、日銀がマイナス金利解除を以って金融政策の正常化を終了する予想しています。

賃金上昇率が現在の1%台後半から3%、4%などへと加速するなら話は変わってきますが、良くも悪くもそうした雰囲気はありません。この見通しが大きく外れ、連続利上げ(たとえば政策金利が現在のマイナス0・1%からプラス2%程度まで上昇)が実施される事態に至るとしたら、こうした人手不足に起因する非連続的な賃金上昇率の加速が考えられます。逆に言えば、それくらいしか急激な賃金上昇に発展するシナリオは考えられません。


藤代宏一

第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。

2005年に第一生命保険入社。10年第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当する。12年に第一生命経済研究所に帰任。その後、第一生命保険より転籍し現職に至る。

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