経済の舞台裏 from東京

驚きの春闘賃上げ率 新たな予想は秋の追加 利上げ

今知っておくべき注目の経済・金融ニュースとは何か。経済アナリスト・藤代宏一が日米、そして世界の経済・金融事情の「今」をわかりやすく解説する。


驚きの春闘賃上げ率

新たな予想は秋の追加利上げ

これまで筆者は日銀の金融引き締め方向への政策修正は、マイナス金利解除を以って終了すると予想してきましたが、驚きの春闘賃上げ率を踏まえ、その予想を変更します。

新たな予想は10月の追加利上げをするというものです。利上げを予想するに至った最大の理由は賃金上昇率です。ここで改めて、春闘(新年度の賃金を巡る労使交渉)の数値を整理すると、ヘッドラインとして取り扱われている連合集計による賃上げ率(3月22日公表の2次集計値、※1次集計値は3月15日発表)は5・25%と、2023年春闘の3・58%を遥かに上回る数値でした。これはエコノミスト予想を大幅に超過しており、日銀にとっても驚きであったと推察されます。

日経センターが集計したエコノミスト予想(2月調査、調査期間は1月30日~2月6日)によれば、春闘賃上げ率は3・88%、そのうち定期昇給分が1・66%、ベア相当部分が2・22%でしたから、かなりの上振れです。金融政策決定会合の数日前に明らかになった春闘賃上げ率が日銀に相当な自信を与えたとみられます。それゆえに日銀はマイナス金利解除の背景を「賃金と物価の好循環を確認し、先行き、『展望レポート』の見通し期間終盤にかけて、2%の『物価安定の目標』が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」と断定的な表現で説明しました。

春闘の結果は一部の大企業という現実

もっとも、この5・25%という数値にはやや注意が必要です。というのも、定期昇給分という勤続年数などに応じて賃金が上昇する(日本独特の賃上げ)部分が含まれているからです。

定期昇給は企業内の年齢・役職構成が全体として不変ならば、総人件費は一定となりますので、これを賃上げとして解釈するのは適当ではありません。では、それを除いた純粋な賃上げ率( 企業が支払う基本給の純増分)、いわゆるベースアップ(通称ベア)はどれくらいかと言うと、それは3・64%でした。23年春闘のそれが2・1%程度であったことを踏まえると、飛躍的な伸びで、多くのエコノミストが夢のような数値であると認識していた3%超の賃上げ率が示された形です。

仮に3・6%の賃上げが日本全体で実現した場合、日銀はかなり高い確率で政策金利を連続的に引き上げる公算が大きいでしょう。しかしながら、春闘賃上げ率は飽くまで労働組合と会社の賃金交渉であることを改めて認識する必要があります。労働組合の無い小さな企業や新興企業ではそもそも春闘がないため、その結果が必ずしも日本全体の賃金動向を映じているとは言えない側面があります。換言すれば、春闘の結果は一部の業績好調な大企業の賃上げによって、全体の強さが誇張されている可能性があるということです。

経済指標

では日本全体の賃金動向を把握するためにどの経済指標が重要になるかと言えば、それは厚生労働省が月次で発表する毎月勤労統計です。これは一人当たりの賃金を映し出す指標で、基調的な賃金上昇率を把握する際に最も重視されています。

ここで、毎月勤労統計の数値を確認すると、23年度入り後は基本給に相当する概念である所定内給与の伸びが徐々に高まり、約30年ぶりの高い伸びであった春闘賃上げ率(ベア相当部分の2・1%)に近い数値となっています。もっとも、残業代が減少傾向にあることから現金給与総額でみると、やや加速感に乏しい状況が続いており、ここからは春闘で高い賃上げを約束した企業も、実際は総人件費を抑制するために残業代を減らした可能性が浮かび上がります。

金融政策を予想する上で悩ましいのは、個人消費が停滞していることです。物価上昇の負担が家計に重く圧し掛かる中、日銀が算出する実質消費活動指数は23年央で回復が頭打ちとなっています。賃金・物価は上がっても景気がイマイチというが現状です。

これらを踏まえると、日銀が、FRBが実施したような賃金・物価を共に下押しするような金融引き締め策を講じる可能性は現時点で限定的と言えます。仮に10月に利上げがあった場合、その後の追加利上げは相当慎重なペースになるのではないでしょうか。


藤代宏一

第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。

2005年に第一生命保険入社。10年第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当する。12年に第一生命経済研究所に帰任。その後、第一生命保険より転籍し現職に至る。

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