2018/02/23発行 ジャピオン955号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。パークスロープの最終回は、混沌と荒廃の中からのエリア復活劇を舞台の「袖」から垣間見る。

パークスロープ❽

 1970〜90年代のパークスロープは、イタリア系やプエルトリコ系住民の肉体労働者と、アーティストや役者、文筆家ら知的労働者が混在する街だった。どちらもお金がないのが共通項。日々、犯罪が横行する一方で、住民間には人種や職業を超えたコミュニティー意識も芽生える。そんな当時の雰囲気を描写した映画が「スモーク」(95年、ウェイン・ワン監督)だ。

かどの煙草屋

 舞台はパークスロープのありふれた煙草屋。毎日、同じ時間、同じ場所で、店先の風景を写真に撮るのが趣味の、ワケあり店主(ハーヴェイ・カイテル)を中心に、店に集う市井の人々の隠れた物語がつづれ織りのように展開する。原作と脚本はパークスロープ在住の作家ポール・オースター。劇中ではウィリアム・ハートが彼の分身として作家役を演じた。ほとんどブルックリンで撮影され、90年代当時のパークスロープの情景が多々写り込んでいる。有名なラストの「クリスマスストーリー」のシーンで万引き少年を追って走り抜ける5アベニューと思しき商店街の凡庸さがあの時代を教えてくれる。

 95年ベルリン映画祭銀熊賞受賞の同作品のプロデューサーは日本人の堀越謙三、黒岩久美両氏。一貫してブルックリンを背景に書き続けるオースターが紡ぐ物語は、決してドラマチックではなく、涙もハッピーエンドもないが、「人生はそれ以上に価値がある」と教えてくれる。そこが日本人の感性に合うのか、映画も小説も日本で大人気だ。

私は売らない

 「手付金1万ドルで買ったんです」と話すのは、7ストリートに3階のべ約1000平米の広大なスタジオスペースを所有するアーティストの下田サチさん。夫の下田治氏(彫刻家1924〜2000)とともに、1979年からここで制作活動を続けてきた。「当時、近所は治安が悪く、空き家が多かった。アーティストや作家でも家を買えたんです」と振り返る。その後、意識の高い人々が増え、公立小学校のレベルが上がり、今や物件はミリオン単位。下田さんの元にも売却しないかとの申し出が殺到した。「皆、州や市のプレッシャーでやむなく売るんです。オーナーでいるのは大変なこと。当局の検査で『居住不可』が出たら修理は大家の義務。できないと多額の罰金請求。店子を入れれば役所に直接クレームするし」。

 結局、売却もせず店子も入れず、現在はスペースの大部分を非利益の日米文化交流団体にレンタルしている。「もうね、不動産とか家賃とか考えないことにしています。今やAIの時代。家に縛られる人生なんて考え方が古過ぎます」。

 人生には家よりもっと大切なものがある。パークスロープの教えかもしれない。(中村英雄)

16ストリートとプロスペクトパーク・ウェストのかど。現在はカフェのある場所に「煙草屋」のセットが組まれた
7ストリートにある下田さん所有のスタジオスペース。現在は日米文化交流団体Jコラボの活動拠点
アーティスト下田サチさんは「パークスロープには自由な発想がある」と語る

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