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当コラムでは、食ビジネス戦略のスペシャリスト、釣島健太郎が米国食ビジネスを現在、過去とさまざまな観点から検証。その先の未来へのヒントやきっかけを提示していく。
マンハッタンの高級すし店に入り、カウンターに座る。有名シェフがその日に入荷した最高の魚、ネタですしを握ってくれる。最高のネタといえば大間のマグロ、九州産ハマチ、カリフォルニア産ウニ、北海道産イクラなどであろうか。そのネタの仕入れや仕込み方法を聞きながらすしを頬張るのは、至福のひとときであろう。
すしはやはりネタが勝負。いいネタを仕入れてこそのすし。食べる側のわれわれは当然のようにそう思うかもしれないが、シェフの方々からは以外な回答を得ることが多い。
「すしで重要なのはシャリ、すし飯である」。ネタよりもシャリの方が重要、というシェフもいるほどである。実際にはネタがすしの味わいを決める要素は高いが、シャリはネタに比べると仕込み、準備に多くの時間がかかり、シェフの志向、技術で大きな差が出るため、シャリがネタよりも重要といわれるのである。
日系レストランでも高級米の取り扱いが増加
1980年代のすしブーム以降、シャリにおいてはカリフォルニア産米が絶対的な存在感を示してきたが、マンハッタンの日本食料理店の高級化に合わせて、ここ数年で日本産高級米の存在感がますます顕著になっている。魚沼産コシヒカリ「雪椿」、兵庫県コウノトリ育むお米、山形県つや姫、新潟県産こしいぶきなどがその代表格である。
2019年にはニューヨークのウェストチェスター郡スカースデールに日本産米専門店「ライスファクトリー」がオープン。日本産米を玄米で輸入し、オーダー後に精米することでお米のうま味や水分量を新米のように保てる。前述したような日本食高級店の多くがこれらの日本産米を提供している。
13年にオープンした「おむすび権米衛」は独自ルートで日本産米を仕入れ、毎日店舗で精米している。おむすびを取り扱うお店がここ最近増えてきたが、ニューヨークにおむすびを広めた先駆者であることやお米の仕入れの違いなどで同社のおむすびへの評価は非常に高い。
大戸屋USAも数年前からカリフォルニア産米から日本産米へ切り替え、最近では独自のおむすびメニューを開発、提供している。このような背景もあり、日本からアメリカへの日本産米の輸出実績は堅調に伸び、5年でほぼ倍増した。17年は3・2億円であったが、21年には6・2億円となった。22年は8月までですでに21年の実績を超え、日本産米の存在感はますます広がりそうである。
供給不足の穴を埋める日本産ブレンド米
この日本産米だが、高級米のみならず、一般的な日本食店での取り扱いがさらに広がる可能性が出てきた。22年、カリフォルニアでは気候変動、干ばつなどの影響で商業用水の供給の制限がますます進んでいる。アメリカの日本食店で使うコシヒカリやあきたこまちなど日本品種を生産するのはカリフォルニア州であるが、今期はカリフォルニア農家の日本品種米の作付面積は例年の半分ほどしかなく、供給が劇的に減ってしまっている。
ニューヨーク近郊では何百店もの日本食店がカリフォルニア産コシヒカリを使用していたが、22年の秋現在、カリフォルニア産コシヒカリを購入できなくなってしまった。
この苦しい状況を救っているのが日本産のブレンド米である。日本産のブレンド米はコシヒカリやあきたこまちなど、その時の日本の農家の供給などを加味しながらブレンドされたお米で、前述のような高級米よりお手頃な価格のお米である。
しかも冷めてもおいしいと評判で、カリフォルニア産コシヒカリ供給不足の穴をすぐに埋め、ニューヨーク近郊の日本食レストランに出回り始めた。すでにニューヨーク近郊だけで100店舗ほどは日本産ブレンド米を使用していると推測されている。
このように日本食レストランのお米事情は大きく変化している。今後行きつけの日本食レストランに行くことがあれば、ぜひ「お米は何を使ってますか?」と聞いてみてはいかがだろうか。ネタとは違った、シェフしか知らないしゃれたシャリの話しが聞けるかもしれない。
釣島健太郎
Canvas Creative Group代表
食ビジネスを中心とした戦略コンサルティング会社Canvas Creative Group社長。
「食ビジネスの新たな未来を創造する」をコンセプトに、現在日本からの食材・酒類新事業立ち上げ、現地企業に対しては、新規チャネル構築・プロモーションから、貿易フローや流通プロセスの最適化、物流拠点拡張プランニングまで、幅広くプロジェクトを手掛ける。
canvas-cg.com