食ビジネス古今東西

第9回 もう一つのCIAでの早春懐石ディナー

当コラムでは、食ビジネス戦略のスペシャリスト、釣島健太郎が米国食ビジネスを現在、過去とさまざまな観点から検証。その先の未来へのヒントやきっかけを提示していく。


カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(Culinary Institute of America、略称CIA)は、マンハッタンから2時間ほど北上したハドソンバレー地区ハイドパーク町の森林の中にある料理学校である。常時200人弱の教員がおり、約3000人の生徒が学び、料理学校では数少ない学士課程プログラムを提供し、「世界一の料理大学」ともいわれている。

CIAと言えば国家安全保障に関する情報収集や分析を行うCentral Intelligence Agency(中央情報局)が頭に浮かぶが、実は料理学校のCIAは1946年設立で、中央情報局CIAは47年。オリジナルのCIAは料理学校CIAといえるのである。

懐石料理クラスが始動

この料理学校、CIAで日本食専門コースが静かに、しかし本格的に始まっている。日本料理専門コースが始まったのは2016年。発足当時は特別専攻科(Advanced Course)として、週一回のみのクラスが開始した。NY州教育局よりフルセメスター(全学期)クラスに認可された後、19年からは全15単位が取れる本格的なクラスに格上げされた。フルセメスターへ格上げ後、20〜21年はコロナ禍の関係で残念ながらクラスが延期されたが、今年日本料理専門クラスは再始動した。アメリカの学士課程で日本料理の基礎、専門性を本格的に学べる場ができたことで、日本料理のエッセンスがアメリカをはじめ、世界にますます広がっていくであろう。

この日本料理クラス「早春の懐石料理ディナー」が3月11日、関係者向けにCIAキャンパス内で開催された。当ディナーは講師のアドバイスを受けながら22年度の生徒7人が自分たちで全て考案、準備したものである。コースは懐石の基本にのっとりながら、さまざまな人種の生徒たちがアメリカの食材も取り入れ、独自のアイデアを盛り込んだ内容になっていた。

先付から始まり、椀物、お造り3種盛り、揚げ物、焼き物八寸、煮物、ご飯物、お菓子と進み、8つのお膳から構成されていた。その本格的なお膳の数々に、「マンハッタンの高級OMAKASEコースにも引けを取らない品質に驚いた。何百ドルもする高級懐石に招待していただいたようなものだ」と称賛の声が上がっていた。

日本料理の基礎は押さえながらも椀物にはアメリカならではのロブスターをもとにした「ロブスターしんじょう」。煮物にはフレンチのエッセンスも入った「ハトの治部煮(じぶに)」。ご飯物のウナギご飯の香の物はアメリカ南部料理によく使われる「チャヨテのぬか漬け」。最後の菓子は、抹茶と和菓子にパート・ド・フリュイが添えられていた。

正しい日本料理を継承

これまで特別専攻科を44人が受講し、全学期クラスを16人が卒業したこのクラスは、CIAの有名プロジェクトである「Worlds of Flavor Conference」のイベントの頃から構想が始まった。当時は日本料理がテーマであったが、その後サントリーが当クラスの立ち上げに寄付を決定し、16年より正式に開始した。肝心の講師は辻調理師専門学校より村島弘樹先生を招へいし、CIAのマティシック氏と共同でコースを運営している。村島先生はフレンチの巨匠ディビッド・ブーレー氏と辻調理師氏専門学校がマンハッタンで共同で経営していた高級懐石「Brushstroke」にも勤めておられ、和と洋両方の料理を理解された方である。

マティシック氏は東京、名古屋のヒルトンホテルやフランスのハイアットでディレクターを務め、まさに日米オールスターのような講師陣である。以前は毎年来米していた村島先生だが、今年はオンライン講師として参加。来年度からは村島先生が来米してクラスの陣頭指揮を執る方向だ。

このクラスを通してアメリカの若者たちが一人でも多く、正しい日本料理を学び、神髄を理解することで日本料理の新たな未来が開かれるであろう。またアメリカでさまざまな人種、アイデアに触れていくことで、伝統を重んじながらも日本だけでは生まれない日本料理の新たなコンセプト、技術、料理カテゴリーが作り出されるかもしれない。伝統を基軸にして新たな文化が生まれ、後世に伝えられ発展していく。われわれは今、そのスタートポイントにいるのである。

 

 

 

 

釣島健太郎
Canvas Creative Group代表

食ビジネスを中心とした戦略コンサルティング会社Canvas Creative Group社長。
「食ビジネスの新たな未来を創造する」をコンセプトに、現在日本からの食材・酒類新事業立ち上げ、現地企業に対しては、新規チャネル構築・プロモーションから、貿易フローや流通プロセスの最適化、物流拠点拡張プランニングまで、幅広くプロジェクトを手掛ける。
canvas-cg.com

 

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