食ビジネス古今東西

第3回 日本酒にビンテージはあるのか?

当コラムでは、食ビジネス戦略のスペシャリスト、釣島健太郎が米国食ビジネスを現在、過去とさまざまな観点から検証。その先の未来へのヒントやきっかけを提示していく。


「ワインにはビンテージ(収穫年)があるのに日本酒にはなぜビンテージがないのですか?」「ワインのようにビンテージがない日本酒はビジネスとして(ワインと比べて)まだ成熟していないのではないか。日本酒もビンテージを造るようにビジネスを考えてはどうですか」。日本酒の販売、マーケティングを長年してきた私はこのような質問を受けることがある。

ワインに造詣が深い方であれば当然持つ疑問であろう。ワインではビンテージに億円単位の評価が付くこともあるが、日本酒にそのような価値が付くことはまだ起きていない。日本酒にビンテージはないのか、日本酒はビジネスとして成熟していないのだろうか。

簡単な答えは「日本酒はワインとは全く質の違うお酒。ビンテージを楽しむのとは違う、独自の世界観をもったお酒である」ということだ(日本酒の熟成については後述する)。ビンテージが主流でないから日本酒ビジネスが成熟していない、そのようなことは全くない。日本酒とワインの「質」はどのように違うのだろうか。

 

 

最高のぶどう作りか、最高の発酵技術か

ワイン造りにおいて最も重要な工程は「最高のぶどうを育てること」にある。テロワールという言葉があるが、どのような土地、条件でぶどうが育てられたかがワインの味わいを大きく左右する。そのため、ある年の気候状況が悪く、ぶどうの育ちが悪いとワインの味わい、評価が上がらない。その土地、その年の条件を学び、理解しながら飲むのがワインの楽しみ方の一つである。

ぶどうができた後、アルコールに変える「発酵」という過程は比較的シンプルで、あまり品質に影響しない。またほとんどのワインは亜硫酸が少量加えられ、品質が長期で安定するように設計されている。

一方日本酒の最も重要な工程は、「お米からアルコールに変える工程=発酵」にある。ワインではシンプルで品質にあまり影響しないこの「発酵」の工程こそ、日本酒造りの醍醐味なのである(お米作りは大変重要だが、あくまでワインと比較した場合となる)。

そのため日本酒は、秒単位で発酵までの工程を管理する。その結果、どの年も求められた品質を安定して供給することができる。ビンテージはなくても「あの味の、あの香りの日本酒が飲みたい!」といえば必ずその品質のお酒を造れるように設計されている。なので秒単位の苦労もいとわない。

日本酒の発酵は「並行複発酵」といわれる世界で唯一の発酵方法であり、19〜20度と世界で最もアルコール度数が上がる醸造酒だ(蒸留酒は96度まで上がる)。日本の国菌、麹(こうじ)と日進月歩の清酒酵母による発酵技術は世界最高峰である。

また日本酒は亜硫酸を加えない代わりに、品質を安定させるために「火入れ」、低温殺菌法を取り入れている。フランスの科学者ルイ・パスツールが1860年代に「Pasteurization(低温殺菌法)」を開発する何百年も前から日本酒では低温殺菌法が用いられていたのである。

世界に誇る日本酒が秘める可能性

大ざっぱになってしまうがワインと日本酒にはこのような違いがある。料理に例えるとワインはステーキ、日本酒は刺身である。ステーキは肉を熟成させることでアミノ酸を引き出し、価値を上げる。一方刺身は獲れたてや新鮮さが価値になる(マグロなど赤身の魚は高級店では一部熟成させるが、期間や規模はステーキほどでなく、あくまで比喩とご理解頂きたい)。

このように日本酒とワインは製造の観点から見ても全く質の違うお酒なのである。とはいうものの日本酒の熟成、ビンテージの研究は進んでおり、「熟成酒」という新たなカテゴリーとして広がっている。ワインと日本酒、双方を見比べることでお酒は面白くなり、ぐっと深くなる。億円単位の評価はなくとも日本酒はすでに世界に誇る最も成熟したお酒の一つなのである。皆さんにそんな思いで日本酒を飲んでいただければ、この上なく嬉しい。

 

 

 

 

 

 

釣島健太郎
Canvas Creative Group代表

食ビジネスを中心とした戦略コンサルティング会社Canvas Creative Group社長。
「食ビジネスの新たな未来を創造する」をコンセプトに、現在日本からの食材・酒類新事業立ち上げ、現地企業に対しては、新規チャネル構築・プロモーションから、貿易フローや流通プロセスの最適化、物流拠点拡張プランニングまで、幅広くプロジェクトを手掛ける。
canvas-cg.com

 

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